壹

 筑紫島は豊国(とよのくに)国埼(くにさき)郡のエイリンは、頭脳の明なるや、他の神々の追随を受けぬ。両子山(ふたごやま)谷間(こくかん)に在りて、わずかの人間と住を共とし、穏たる生活を満喫するも、その才を買う者は頗る多し。中でも豊国一の神たる宇佐の八幡比売(やはたのひめ)のエイリンを請うは、その類を見ず。秋津島にて一・二を争う軍女神の、唯粛々と国埼が谷間に下るは、三顧の礼にも劣らぬ行であった。エイリンとて、大神の行幸を受けて断る所以はなし。内に飛躍の野望を携えるエイリンは、満顔の笑みにて快諾した。
 宇佐の眷属となりて後は、その神威益々浩然とし、又、八幡比売は、エイリンの輔佐を受けて豊前豊後に居る八百万の神々の総括となった。豊国に、八幡に従わぬ神はなく、八幡の主たる比売は、的確なるエイリンの言葉を斥けぬ。エイリンは、豊国の押しも押されぬ大神となったのであった。
 今や、エイリンは両子山の山間に奉祀される一土着神にあらず、豊国を動かしうる重鎮である。自らの威を示すことは叶い、神と人とは共存し平和に暮らしている。エイリンは普段谷間に居りながら、時折向野川(むくのがわ)を渡って御許山(おもとやま)の八幡比売の元へと参じ、相談に乗る。とはいえ、毎度難事があるわけでもなし、たいてい談笑に終わっていた。
 エイリンの主たる八幡比売は、無邪気で好奇心旺盛で、少々自分勝手であるという、多分に子供的な性格の持ち主であった。眷属となったエイリンは、その我儘に振り回されながらも、邪険にされることはない。諫言すれば之を(しか)と聞き、或いは諾し或いは論駁する。確かに、比売はエイリンにとって手のかかる主であることは間違いあるまいが、それでも、抑えるべきところは抑えている、頼りになる主であった。
 そして、自らの地元たる谷間に戻れば、自分を慕う人々がある。灰白色の姫島産黒耀石で耕作する彼らは、何かとエイリンを頼り、信仰してくれる。春には初澤池(はつさわのいけ)に咲く蓮の花、夏には苦逃幸来鬼(くにさきおに)と呼ばれる菱の実、秋には両子山の楓の葉、冬には沿岸で獲れる蛸。四季折々、国埼周辺で獲れる産品を人々はエイリンに供える。その心持は、エイリンにとってとても心地よいものであった。

 にもかかわらず、エイリンの心には一つの冷たい塊がある。それは、楽しみに満ち溢れているはずであるエイリンの心へ深く根を張っていて、しかも次第に膨れている。何かふとした拍子にそれへ意識を向ければ、何か酷く胸を締め付けられるような焦りを感じて仕方がない。そうして、人や神との交流によって暖かくなった心に冷気を吹きかけるのだ。エイリンは、楽しみの中でもどこか焦りに追われている。
 エイリンは知識欲に溢れている。その欲に順ってきたからこそ、エイリンは現在の地位、則ち、筑紫島一の智神という地位を得ていた。だが、既にエイリンの知識欲を満たしてくれるだけの存在がこの豊国に、筑紫島にはない。筑紫島一の智神になったということは、則ち、エイリン以上の智を持つ者はもはや、存在しないということである。
 もしかしたらエイリンが心の中に抱えている焦りというものは、それではないだろうか。エイリンは、考えた。確かに筑紫島の者に頼られ崇敬される生活は何よりも楽しいものなのだ。だが、その生活の中で知識欲が満たされることはない。両子山の尾根に挟まれながら、数少なき地元の人間と暮らしていたかつての方が、名誉も知識もなかった。そして今ほど平和でも楽しくもなかった。それでも、かつての生活には知識欲の満足があった。崇敬してくれる人々や、様々な所で気ままに暮らす神と様々なことを語り、様々なことを知った。だが、知るに能うこと全てを知った今、それがない。だから、この楽園の生活の中でも、エイリンの心は安穏とならぬ。欲の足らざるに、何ぞ心安んぜん。




           貳

 この秋津島に(いま)す八百万の神々の中で最も智の優れたるとて、八意思兼は名を知られていた。高天原の高皇産霊神(たかみむすびのかみ)が子にして、天津神多き中でも随一の智とて、広く秋津島全体に知れ渡っている。エイリンもまた、その噂を度々耳にする。知識欲を満たすに足るだけの神であろうと、エイリンは勝手に思っている。
 故に、思兼筑紫に下る、の報にエイリンは飛び上った。筑紫島の端にいる一介の土着神が、この秋津島一の智者・思兼に謁せるなど、本来とても願わぬ望みである。だが、今は違う。その筑紫島に、思兼が居るのだ。元来、エイリンは抜群の行動力の持ち主である。すぐさま、筑紫島を観覧する思兼の許へと駆け付けた。

 自分を慕ってやってきた一介の女神を、思兼は快く迎えた。あくまで思兼は筑紫島を一巡し、葦原中国の状況を知るためだけに来たのであったはずだが、エイリン来訪の知らせに、態々時間を取っていた。
 噂でのみしか知らぬ思兼を見たエイリンは、改めて喜びに包まれた。秋津島一の智神であるならば、エイリンの知識欲を満たすに十分であろう。ならば、これまでずっと抱えてきた焦りを、少しは軽減できるかもしれない。
 そしてそのエイリンの思いは、全く裏切られることはない。筑紫島で一と言われたエイリンにすら、思兼は生字引の如くであった。筑紫島を巡りながら、森羅万象あらゆることをエイリンは思兼に問うた。されど、如何なる問いとて思兼は該博な知識と明晰な頭脳を以て、淀みなく答えて見せる。この秋津島に顕現して初めて、エイリンは尊敬の念というものを覚えた。
 されど、そのような時は刹那に過ぎぬ。筑紫島とて、神にしてみれば庭に等しきもの。思兼は、天に帰ると、エイリンに告げた。
 エイリンにとって、この思兼との時間は、かけがえのないものであった。八幡比売の助手として、両子山間に坐し、時々神なるを顕しつつ暮らすも、エイリンには充足した生活であった。が、それ以上に、思兼との時間は満ち足りていた。エイリンには、確かに筑紫島一の智神という誇りがある。それでも、思兼より教授を受けてより知識を増大し、頭脳を明然と為し、智を高めたいという向上心、そして功名心が、誇りを勝っていた。
 かくて、エイリンは即決した。自らの故郷であり住処であり、心の拠り所であった豊国を捨て、思兼の眷属として高天原へ同行することを。
 そうしてエイリンは忽焉と豊国から消えた。

 せめて八幡比売にくらい、別れを告げるべきであるのかもしれない、とエイリンは思っている。今でも比売のことは、自分にとって素晴らしき主であったという考えに異はない。比売の眷属から離れ、天津神が一と成るも、すべて自らの欲が原因であり、比売に非はない。とはいえ、きっと比売は自らのことを責めるに違いない。だが、それは筋違いである。すべて自分の勝手であると、頭を下げねばならぬのかもしれない。
 だが同時に、エイリンは比売には会いたくなかった。比売に止められた時に、それを振り切って思兼に同行できる自信など、少したりとも存在しない。むしろ、未練を数えればきりがない。かの、御許山の天気の如く変わり易い性格の持主たる比売と、生活を続けてみたいという気も強い。自分をこれまで恭しく祀ってくれていた両子山谷間の人々に対しても、これは裏切りだ。
 しかし、もしここで思兼についてゆかねば、自らが成長する機会は、もはや訪れないかもしれないという気が、それに先行している。残念だが、豊国にエイリンの智を越える存在はないのだ。豊国でのこれまでの生活を捨てるか、成長を捨てるか、どちらか選ばねばならぬ。そして、エイリンは、自らの知識欲と功名心を満たすことを選んだ。
 だから、比売を捨てていく。会わずに置いていく。そうしなければ、自分の心が、保てなくなりそうであった。




         參

 思兼の眷属となったエイリンは、普段思兼に仕えながら、その持つものすべてを吸収せんとした。思兼の持つものは、単なる知識に留まらず、膨大である。それでも、比売と豊国を捨ててまで思兼の元に来たのであるから、励まねばならぬ、という義務感が、エイリンの知識欲を後押ししていた。そして、次第に薬師としての才を特に顕著していく。豊国国埼郡土着の兎神であったエイリンは、それまで特に専門分野といえる部分を持っていなかった。豊国に居る間は、如何なる相談であっても、判る範囲ですべて答えてきたし、すべての分野を取捨選択せず学んでいたからだ。だが、思兼に様々なことを学ぶにつれて、方向性が明確となったのである。興味あるものについてよく学び、よく知る。その過程の中で、自分は薬に興味があり、才があったということを、エイリン自身が知ったのであった。

 高皇産霊神の息子である思兼は、完全無欠であった。エイリンの問うたことは、やはり何であったとしても滑らかに答える。雑務にエイリンが煩わされるということも全くない。そして、他の天津神たちからの信頼も篤いようであった。毎日の如く、思兼は何かしらの相談――それは、エイリンでも知っているような単純な質問から、この天を動かしうる重要事に至るまで――を受ける。そして、幾許の思考も無しに答えてしまう。その姿は、エイリンにとって理想の姿であり、尊敬し続ける対象であった。
 かくして、思兼の元でその知識を増やし、智を研鑽したエイリンは、まもなく八意という姓、そして永琳という名を与えられた。八意の姓は、エイリンが唯、思兼に侍す従者でなく、思兼直属の薬師として認められたということを表している。そして、思兼に永琳という名を――曰く、永く(たま)たれ、という意だと――与えられたということは、思兼が自分を、琳琅然と良き音のする(たま)であるということを、則ち、自分が石でなく玉である、才も見込みもある、と認めたということだ。八意永琳という名は、自らが信仰している、とさえ言えるほどの思兼が、自らの才と地位を認めたことの表象。これ以上の名誉は、エイリンにはない。エイリンは、思兼のその一言に狂喜乱舞した。
 エイリンは、高天原に溶け込むことも成功していた。先の如く、思兼には認められることができている。思兼の妹である栲幡千千姫(たくはたちぢひめ)は、すっかり親しくなり、莫逆の友と言える。思兼の子・天表春(あまのうわはる)とは、いい意味での対抗関係にある。八意一族以外にも、天照(あまてらす)素盞嗚(すさのお)月夜見(つくよみ)の兄弟は、最近何かと時間を共にし、やはり友と言えると思っている。エイリンは、すっかり天津神になっていた。

 しかし、天津神として、思兼の薬師として暮らすエイリン――永琳の心には、やはり重いものが沈んだままであった。豊国に暮らしていたとき同様に、生活には満足していて、しかし、満足できぬ部分が残る。思兼は、完全無欠に過ぎた。全てを、彼一人が解決してしまうのである。そこに、永琳が入り込む隙間はない。手を煩わされることがないということは、全く永琳が必要とされていない、ということの裏返しでもあった。以前仕えていた、そして捨ててしまった比売は、手のかかる主であったことは間違いないが、仕えていることへの充実感はあった。だが、それが思兼には全くない。時々、自分なぞいなくても良いのではないだろうか、という思考に落ち込む。例え自分が突然消え失せたとしても、思兼は只淡々と同じ生活を続けるだけではなかろうか。
 そんな思考に捉われると、輒ち永琳は豊国に居た頃のことを夢に見る。雄大な国埼、そして宇佐の自然に囲まれながら、皆に必要とされて暮らしている様子が、目の前に広がる。だが、比売の顔を将に見んとするに、夢から醒めて高天原へと引き戻されてしまう。そして醒めれば必ず、永琳は自己嫌悪に陥るのだ。何の一言も残すことなく比売を置いてきてしまった事が、高天原で生活を確立してなお――むしろ、高天原での幸福な生活を手に入れたからこそ、永琳の心に凝り固まっている。自らの知識欲と名誉欲によって、比売を捨てたのに、知識欲と名誉欲を満たしたから比売が懐かしくなるとは、なんと自分は欲が深いのであろうか。




           肆

 月夜見が月へ行く、と聞いたのは、永琳が思兼の元で都市について学んでいる真っ最中であった。月夜見をはじめとする三貴子とつながりの深い栲幡千千姫が、月夜見自身から聞いてきたことを永琳に話したのである。月夜見曰く、姉と兄の管轄している葦原中国は穢れている。だから、穢れ無き者のみを引き連れ、月に新たな国を作り上げる、と。だがすぐに、永琳はそれを忘れた。永琳にとってそれはどうでもよい話であったし、思兼から学ぶことの方がよほど重要であったからだ。それに、そもそも穢れの有無なぞ、高天原では瑣末事である。
 それからまもなく、月夜見自身が永琳を訪れた。曰く、月に新しき国を作るに、力を貸して欲しい、と。永琳は、一瞥だにせず、断った。二度目ながら、永琳の答えは全く変わっていなかった。
 だが、月夜見は諦めぬ。永琳に対して、言葉を連ねた。このまま思兼の元に居ても、決して思兼を越えることはできない。青は藍より出でて初めて、藍より青くなるのであって、藍の内に居ては決して青くならぬ。永琳は、永劫青くならずにいるのか。
 全く考える意味すら感じぬ、と思っていた問題であったはずなのに、月夜見の一言が、永琳の心の内を鋭く突き刺していた。永琳は、絶句せざるをえない。月夜見とは、話をするような仲になってより、そういう洞察の長けた部分があるものだと感じていたことを、永琳は思い返す。自分が決してここには満足していないことを見てとった上で、彼はその原因を――永琳自身がわかっていなかったのに――言ってのけた。そして、心の動揺具合を推察するに、彼の推察は間違っていないと、認めねばならないようであった。自分は確かに、現在の状況に満足していない。豊国に居た時のような、生活への充足感。そして、さらなる名誉欲。その二つが、心の中に根を張り続けている。それら二つを満たすには、この思兼との生活を捨てなければならぬ、と永琳はとうに気付いていた。そして、それをどこかで自分が求めているということにも。さらに言えば、月夜見のこの提案が、自らの生活の充足と、大いなる名誉を確約してくれているのも間違いないのである。高天原の精鋭が作った月の内で最も智たる賢者、という称号(永琳が、智に関してならば高天原の内でも相当の上位にいるということは、思兼のお墨付きであった)ならば、"豊国の賢者"などというような夜郎自大ではない、本当の名誉だ。それに、月に零から国を築くという行為は、それこそ毎日に素晴らしき充足を与えてくれるに違いあるまい。
 少し揺さぶられた永琳に、月夜見は畳みかける。高天原は確かに楽園だ。だが、それゆえに変化がない。いくら神とて、変化もなく充足もなく只此処に居るのみでは、早々に立ち行かなくなる。
 決して、永琳の感情が読みやすい、というわけではない。むしろ、複雑な思考をいくつも同時に行い、かつ常に冷静たる永琳から、思考や感情を読み取ることは至難と言える。しかし、月夜見は、永琳がごくわずかでも気に掛けていたことを次々と言葉として見せる。勿論、永琳はそれが全て彼流の説得の術であることをとうに見抜いている。同時に、彼の言うことが全て理に適っているということも事実。それ故、永琳には切って捨てることができない。むしろ、だんだん月へ行く計画に参加する方向に傾いている。
 そうして最後に一言、月夜見は告げた。思兼に捨てられる前に、自らの居場所を築かなくてよいのか、と。
 永琳は、月夜見に協力を確約した。




           伍

 月へ旅立つという決意と共に、永琳は思兼に別れを告げた。その決意に思兼が失望せぬかと恐懼しながら、しかし、必ず越えなければならぬことである、と永琳は屹として思兼の前に立つ。永琳の決意を聞いた思兼は、いつもと変わらぬ仕草で頷きながら、一言だけ告げる。(けい)は架かりて以て琳然たり。其の声 悪声なるも刹那ならん。架け変ふる可からず。
 永琳は、その言葉に喜び勇んだ。打楽器たる磬の琳然たる音を鳴らす所以は、磬が架けられているからだ、という。自分が輝くには、月と言う場所が必要だ、と言ってくれたのだ。永琳は、すぐさま思兼の含意を理解した。
 同時に、永琳は心を引き締める。もし、月に行って琳然たらねば、自らを月に於いて琳然と鳴る磬と喩えた思兼の言葉が、間違っていたことになる。思兼の智を汚すという行為は、永琳には許し難い。永琳にとって思兼の智は、常に絶対であって間違いなどあってはならないのだ。だから、永琳が月で失敗することは、許されない。

 月への移住は、永琳によって非常に綿密な計画が立てられ、それに基づいて行われていった。移住する神の柱数、具体的な都市の図案、食糧生産の術、数多い問題を、永琳はその頭脳を以て忽ちの内に解決し、計画へと盛り込んでいく。特に、移住する者は既に、高天原の神と兎に決まっている。兎は、葦原中国に住む兎の中で穢れの最も少ないものを選び、さらに祓戸大神に頼んで穢れを祓った上で、移住させる。
 本来、月へ移住する神の奴隷とする者は、なんでもよかった。それを兎と決めたのは永琳である。永琳の出自は、豊国国埼郡両子山麓に祀られた一匹の兎。それは人格神となる前の、原初の土着神としての記憶である。豊国で人格神となって以来、自らが兎神であるということをすっかり忘れていたが、その記憶がこの期に及んで、ふと頭を擡げたのであった。

 月という場所は、不毛な土地であった。それだけ、月の都建設という事業は、永琳にとってはやりがいがあった。数々の難関に当たる度、永琳はそれを解決する策を、元来よりの才と思兼に与えられた学を以て示す。そして、難関を突破した数だけ、永琳はその名を挙げる。高天原出身という貴神ではなく、土着神出自の賤神であると、月の都建設の序盤にはその力量を危ぶまれた永琳も、建設が佳境に差しかかる頃となると、移住につき従った全員より、随一の賢者として讃えられるに到った。
 そうして、長い時間を掛け――とはいえ、寿命無き神にとって時間なぞ気を払うに値せぬが――月の都は遂に完成を見る。信仰されてはおらぬが故に神とはもはや呼べぬ、月人たちとそれに付き従う大多数の兎によって、理想の社会がそこには成り立っている。死ぬことも老いることもなく、只遊んで暮らすことができる世界が、月上には存在していた。それは、永琳にとっても誇りとなった。今や、永琳は月夜見の参謀の地位に居る。則ち、この楽園の次席であると言ってよい。月の上では誰からも"月の賢者"と称えられ、多くの月人の羨望の的となった。月人は、何らかの問題あれば永琳の元を尋ね、その策を問う。月人の内で敏き者、一芸に秀でる者は、その教えを受けるべく、自然と永琳の元へ集まった。今や、高天原における思兼の地位を、永琳は月において獲得していた。その地位を築いて初めて、永琳は安堵する。思兼の言葉にたがわず、月に架かりて能く琳然たり、と。

 月の生活は、永琳にとって最も満足できる生活であったと言えるかもしれない。思兼の元に居た時とは異なり、自分が必要とされ、信頼されている。国埼に居た時と異なり、知識ある月人たちと会話ができる。これまで永琳の心の中で蠢いていた名誉欲も知識欲も満たされていれば、生活自身もまた非常に満たされた生活を送ることができている。何の不足も、そこには存在しないはずであった。




           陸

 まだ幼い娘が、真っ黒い二つの眼で永琳を見つめている。永琳もまた、姫島の黒耀石が如き灰白色の瞳を、彼女へと向けている。その娘に、永琳は少なからず動揺していた。娘の名を、輝夜という。月夜見の一族の姫であるということで、月夜見直々に教育を頼まれていた。永琳自身も、若干の変化を欲していたから、快諾したのであった。月人として生活するに十分な教養を付けてやらんと、永琳は心を構えていた。
 だが、永琳は輝夜に会った瞬間に、それまで持っていた心構えも何もかも、全てが吹き飛ばされてしまったのであった。輝夜が、かの八幡比売に見えたのである。長年一緒にいた永琳が見間違えるほどに、輝夜と八幡比売は似ていた。思兼の元へ来てより、永琳は比売を見ることはたった一度たりともなかった。豊国の夢こそ見れ、比売が出てくる直前で必ず終わる。そうして、心のどこかに引っかかり続けていた八幡比売が、永琳の目の前に、姿を現しているのである。永琳にとって、これほどの衝撃はない。今まで全く忘却していた、比売との思いでの多くが、一挙に去来して永琳に眼前へと展開していく。豊国での生活が、永琳の心の中を洗い上げる。
 気付かぬ間に、永琳は、一筋の涙を流していた。それは、捨ててきた比売に対する謝罪であったのかもしれないし、結局自分の居場所は豊国であったということへの再認識であったのかもしれなかった。

 輝夜は、極めて物覚えのよい娘であった。永琳が教えずとも、自ら読み自ら学ぶ。永琳に質問するのは孰れも、問題の核を突いた鋭いものであった。何事にも強い好奇心を示し、珍しき物を見れば、無邪気に永琳の元へ駆け寄ってきて、質問をぶつけてくる。そして、同時に姫育ちらしく、我儘でもあった。輝夜は、一度言いだしたことは、永琳が諌止してもなかなか変えない。諄々と理詰めに説いて、それでも折れないことすらままある。自分の言う通りにならねば、自分は立ち行かなくなるのだ、とでも言うかのように。
 或る時、幼き輝夜は突如として地上を見てみたいと永琳に言った。地上は穢れておりますので、行くことはなりません、と言った永琳に、輝夜は喰ってかかる。穢れていない永琳は、地上から来たのだから、私が行っても穢れないでいられるはずだ。それでも止める永琳に、輝夜は泣いて叫び、結局泣き疲れて寝るまで永琳の話を聞くことすら拒み続けた。
 そういう点で、やはり手のかかる娘であった。我儘な部分に振り回されながらも、しかし永琳は楽しんでいた。余程の事でない限り、永琳は輝夜の言うことを聞いてやった。姫である輝夜にとってそれは当然であったろうし、永琳はそうするべきだと考えていた。




           漆

 元が神であった月人は、何らかの才を持つことがある。輝夜の才は、永遠と須臾を操ることであった。時を自在に操り、永遠を須臾に圧縮できれば、須臾を永遠と展開することもできる。神たるには、十分な能力である。土着神出自で、よく言えばなんでもできる、悪く言えば傑出した才を持たぬ永琳からすれば、すこし羨ましい能力でもある。薬を作るのは、才ではなく努力の賜物だ。
 その輝夜が、ある日の深夜、永琳の室を尋ねてきた。輝夜が永琳の室を訪れること自体は、用事の有無に関わらず、度々ある事だ。その度、永琳は作業を止めて輝夜の相手をしてやる。そうしなければ輝夜は、何をしでかすかわからない。好奇心旺盛な輝夜にとって、書籍万巻器具重積たる永琳の室は、良い遊び場となってしまうのだろう。
 だが、深夜に永琳を尋ねることは、初めてである。輝夜は確かに我儘だし、やりたい放題の姫であるかもしれないが、同時に月人の一員の自覚を、確と身につけている。いくら、気心が知れていてかつ幼い時より関係の深い永琳とて、いやそういう永琳だからこそ、輝夜は深夜に訪れるということが無礼に当たるということぐらい理解しているはず。それは、永琳がこれまで最も力を入れて教えてきたことだ。礼儀あり自律して初めて、上に立つ資格ができる。そのような心づかい一つできずに、姫たるわけにはゆかぬ。それをわかっているにも関わらず、永琳を訪れたということなれば、何らかの重大事に違いあるまい。永琳は何事かと、驚きながら室の扉を開いた。
 輝夜は、頼みがある、と永琳に言った。玉兎が反乱を起こしたとか、月夜見が八意一派粛清へ動き出したとか、そういう事態を想定していた永琳は、大した頼みではないという輝夜の言葉に拍子抜けした。輝夜が永琳に何かを頼むのはいつものこと。ならば何故深夜に態々来たのか、と問い詰めたくなった。もしや、月人としての礼儀作法は全く身に付いていなかったのだろうか。
 だが、永琳はすぐさま認識を改めねばならなかった。輝夜の頼みとは、やはり重大事に違わなかったのだ。輝夜は、黒真珠の如き瞳を開き、永琳に向かって言う。蓬莱の薬を、作ってくれ、と。だが永琳は、思考の余地無く断った。蓬莱の薬は、月が穢れた地上から優位を保ち続けるために使う秘薬である。かつて、月に害を為す恐れのあった后羿という男――彼は、同時に10の太陽が出た際に9つを弓で射落としている――を没落させるために、蓬莱の薬を地上へ置いたことがある。当然、永琳が作ったものであるし、今すぐに作ることもできる。だが、それを作るのには膨大な時間と労力を要していた。50以上の誘導体を経て、しかも反応自体も収率も5割を切るものがほとんどである。その果てに作るものであるから、蓬莱の薬は貴重品であった。その挙句、蓬莱の薬を飲むことは、月における重罪。いくら輝夜の頼みでも、それは無理な注文であったのだ。
 ところが、輝夜は、妙な事を提案する。曰く、自分の才能を使えば、蓬莱の薬はもっと簡単に作れるのではないか?
 それは、永琳にとって魅力的な提案である。地上との交渉役を務めている永琳にとって、蓬莱の薬という切り札が簡単に切れるようになるのは、嬉しい限りだ。蓬莱の薬があれば、月に仇為しそうな者もあっという間に滅ぼすことができる。斯様にも地上の者共は、汚く欲深い生き物なのだ。
 そして何より、永琳の知識欲が蠢いている。もう当分満たされぬその欲は、永琳の心に相変わらず巣食ったままである。只、輝夜の教育に熱心だったが故に目立たなかったにすぎない。それが、輝夜の魅力的な提案で、また息を吹き返していた。
 そして、輝夜の提案と同時に、永琳は反応式を組み立て始める。輝夜の才、則ち、須臾と永遠を操る能力を如何に使えば、蓬莱の薬を作ることができるだろうか、と。思兼より得た学を用いて、永琳の恐ろしき回転の頭脳を以てすれば、それは幾許も掛からぬ。そして、永琳は気付く。輝夜の方法を使えば、収率の倍増、反応工程の半減も容易である。

 永琳に、これを見逃すという選択肢はなかった。それに、永琳は輝夜に大きな信頼を置いている。そして、輝夜の理解の早さや頭脳の回転といった学問の才も認めている。ならば、蓬莱の薬を作ったところで、一体どのような害があるだろうか。




               捌

 蓬莱の薬の完成は、極めてあっさりしたものであった。最も、永琳にはすべてがわかっていたから、当然と言えば当然かもしれない。だが、蓬莱の薬をすぐさま作れてしまう輝夜の能力に、永琳はやはり羨望するしかないのである。
 ともあれ、永琳は、蓬莱の薬をより簡便に作る方法があるということを月夜見に報告した。月夜見は月の都の総領であるのだから、外交切り札である蓬莱の薬の簡便な合成法があるという事実を知らせておかねばなるまい、と永琳は考えたのである。月夜見は、永琳の報告に顔をほころばせた。これで、地上の脅威を除くのが容易くなった、と。永琳もまた、満足感に浸っていた。
 それだけに、自邸へ帰宅する途中に玉兎から受けた報告は、永琳の心へと冷水を浴びせた形となる。玉兎は、永琳に対して淡々と述べた。輝夜が捕らえられた、と。永琳は、最初それが理解できなかった。月夜見一族の姫である輝夜が、月の都で捕まる理由など、永琳の敏き頭脳を以てしても思いつかなかったし、輝夜が捕まるような者でないと信じていたからだ。だが、玉兎の二言目は、固まっていた永琳を奈落の底へ突き落とす。輝夜は、蓬莱の薬を飲んだそうです。
 まさか、輝夜が蓬莱の薬を飲んでしまうとは、と永琳は絶句するしかなかった。確かに、輝夜が好奇心旺盛な娘であったということは前から認めている。だが、重罪とされる蓬莱の薬を飲むほどであるとは考えていなかった。輝夜とは、月人としての自覚を持ち、その範疇より離れることのないよう行動する人間だと、永琳は把握していたからである。だからこそ、永琳は輝夜に月人として、月の都に君臨する一人としての教育を施していた。だが、輝夜は、そんな永琳の認識を、いとも容易く覆さしめた。
 永琳は、そして自らの失態に気付く。輝夜というひとりの月人を自分が理解できなかったばかりに、輝夜は重罪を背負うことになってしまったのだ、と。

 永琳の目の前に、白洲が広がっており、その中心に、自らの大切な教え子である輝夜が引き据えられている。そして、それを多くの月人が見つめていた。輝夜もまた、罪人の服を着せられながら、居並ぶ月人を眺めている。その顔は、どことなく晴れやかであるように、永琳には思えた。輝夜の感情が、全くわからなかった。
 永琳にとって、過ぎゆく時間は永劫にも思えた。これまで生きてきた時間よりも長いのではないかとすら、永琳には思える。後ろで玉兎が黙々と処刑の準備をする間も、輝夜は、生気に輝いた表情で、永琳達月人を一瞥しているのである。その姿は、気高く美しいものであり、ある意味で、ここに居並ぶ者の中で最も月人らしい、と言えた。そんな輝夜に対して、永琳は心に痛みを感じながら、ただその姿を目に焼き付けんと神々しい輝夜を注視することしかできぬ。自らの失態を、悔むことしかできない。
 そんな永琳は、ふと輝夜と目が合う。輝夜は見物する月人を一望していたのだから、永琳と輝夜の眼が合うのも、当然と言えば当然であったのである。そして、輝夜は永琳に対して、微笑みを浮かべた。
 刹那、永琳は、輝夜に比売を見る。豊国に居た頃の主である八幡比売が、目の前で微笑んでいるように、永琳には思えた。豊国で和やかに暮らしていた頃に、よく見ていた、比売の微笑み。それを、月のこの場で永琳は認識したのだ。そして、永琳は、心の臓を握られたかのように、酷く胸を締め付けられる。
 自分は、またもや比売を捨てようとしている。比売が、目の前で処刑されつつあるのにも関わらず、自分は月夜見の左に坐しそれを眺めるにすぎぬ。態々しがない土着神を両子山の谷にまで迎えに来て、あのように優遇してくれた、そして自分の飛躍のきっかけとなってくれた比売を、自分は一度ならず二度も見捨てんとしている。永琳の心は、酷く軋んでいる。そも、今回とてきっかけは自らの知識欲が因ではないか。もし提案を断っていれば、このようなことにはならなかったはず。どうして、こうも自分は比売に対して、恩を仇で返す所業を繰り返しているのだ。
 永琳の思いも、月人達は関知しない。月夜見の号令と共に剣は振り下ろされ、輝夜の首は前へゴトリと音を立てて落ちた。首は、数回転がった後に、永琳の方を向く。やはりそれが永琳には比売にしか見えなかった。
 永琳は、心の中で比売へ謝り続けた。自らがただ欲の為に、比売を捨てたということを、幾度も幾度も。




           玖

 不死の人間を処刑する、とは随分滑稽な話である。首一つ落としたところで、不老不死なのであるから、罪人に対して何の咎を与えることはできていない。輝夜の処刑というのも、単純な儀礼であった。その儀式の後、輝夜は地上へと流された。蓬莱の薬を飲むような穢れある人間は、月には置いておけぬ、ということである。
 永琳は、心に隙間を抱えたまま、独り鬱々と過ごしていた。それまで、長いこと相伴していた輝夜がいないことが、どれほど大きなことであるかということを、永琳は思い知らされる。輝夜の教育を始めるまでは、これほど充実した日々はないと思っていたはずだったのに、永琳は生活がただ無味乾燥に思えて仕方がない。今や、永琳の心には、如何にして輝夜を守るか、ということしかない。最早、永琳は輝夜を捨てることなど出来ぬのである。だからこそ、永琳にとって十数年の輝夜の刑期は、短く長いものであった。
 そして、その刑期が終わるや、永琳は輝夜を迎えに行く使者となった。地上との交渉一切を取り仕切る永琳がするべきだと、月人誰もが思ったからであった。そして永琳も、自らの手で輝夜を取り返さねばならぬと、思っていた。

 地上に居る輝夜の姿は、永琳の主そのものとしか思えなかった。竹取りを生業とする讃岐造(さぬきのみやつこ)夫妻によって再び育てられた輝夜は、その才と美貌故に、人間の長たる帝とも歌を交わして付き合いながら、自由気ままに暮らしている。その生活は、月に居た頃よりもはるかに充実しているように、永琳には思えてならない。その我儘で好奇心旺盛に、日々にきちりと向き合いながら暮らしている姿は、豊国で暮らす八幡比売そのものである。かつて彼女も、永琳を振り回しながらも、日々に向き合って楽しそうに懸命に生きていたし、永琳もまた同じように未来を見据えて現在に地を付けていた。果たして、現在の自分はそうやって生きているだろうか? 楽園であるはずの月には、未来があるだろうか? 変化せぬ場には、過去も未来もない。現在のみを見る刹那的な生活になってはおらぬと言えようか?
 本質的に欲するものとは、これであったのかもしれぬ、と永琳は歎じた。豊国を望み続ける理由とは、これかもしれぬ。やはり自分の居場所は、身が何処に置かれようとも、かの両子山麓が谷の、僅かなれども優しき村人に祀られた、小さな祠だったのだ。
 ともあれ、永琳の仕事は、輝夜を月へと取り戻すことである。永琳は、夜密かに讃岐造の家へと入り込んで、輝夜と対面し、月より迎えに来たことを告げた。永琳の身に賭して、月での地位を回復する、とも。比売の元へと戻れぬ永琳が為せることといえば、姫に心身を投げ込むことである。例え身朽ちようとも、姫の傍を離れず、姫を支え続けること。それだけだった。
 だが、輝夜は、烏貝の如き真っ黒な瞳で永琳を捉えた上で、告げる。最早月には何の未練もない。変化無き月に居るよりも、地上で様々なことを体験しながら生きる方が、よほどいい。
 ここに、永琳は輝夜の真意を窺うこととなる。深夜永琳を尋ねたことより、全ては輝夜の深謀のままに進んでいた。輝夜には、"月人"などという枠なぞない。ただ突発的好奇心より蓬莱の薬を作り飲んだのでは全くなく、月から脱し地上へと降り立つためだけに、蓬莱の薬を作ったのだ。永琳は、輝夜の掌上に遊んでいたのみ。永琳は慨嘆した。輝夜の何を我は知らん。ひめを理解することなんて、一度たりともできてはいなかったのか。
 輝夜は、永琳を混沌へと引きずり込んだうえで、言葉を続ける。この地位に居るのも難しくなってきたから、讃岐造の家からは抜け出そうと思う。一緒に地上で隠れて住まない?
 永琳にとって、それは救いの言葉であった。捨てたひめから、もう一度拾う機会をやる、と言われたのである。永琳は、これを捨てる選択肢なぞ持たぬ。もはや何があってもひめを捨てはせぬ、と心に決めていたのだから。




           (ひろう)

月の使者たる月人・玉兎、悉く永琳麾下たれば、永琳の教導を得、永琳が元で働く、正真正銘永琳一派に属す者である。而も、輝夜に赦免を貰うに能わざりし其の時に、月の都へ討ち入りて月の都を乗っ取らんとせんが為、永琳は最も信を置き最も力ある者を使者と為した。然れば、月の使者は到底永琳に襲われることなぞ想定すらしまい。さらに、永琳の、葦原中国一の武神たる八幡比売――八幡大菩薩が眷属たること長し。八幡に至らぬと言えその力は、武神に匹敵せん。故に、弓持つ永琳の前に為す術なし。いくら永琳麾下の最精鋭とて、永琳に触れるはおろか、見ることだに能わず、その屍を地上へと散ず。永琳は、一片の肉も一滴の血も身に纏うことなく、平然として地に立っていた。
 もはや、永琳の心に寸分の迷いも存在しない。やっとのことでひめを拾いあげたのだから、為すべきは之を離さぬことのみ。蓬莱の薬を飲んだが故に、もはや離るる懸念なぞなし。ひめに立ちはだかる物は、何であろうとも打ち崩さん。人を賊虐しようが、妖を鏖殺しようが、世を混迷の渦中へと落とそうが、何の構う事やあらん。其れが何ぞ非道たらん。ひめを守ることこそ道たれば、それより外れぬものは非道に非ず。
 さしもの輝夜も、その姿に茫然としている。永琳の真の力――月という楽園育ちならず、地より這い上がった土着神が力を、間近にしては無理もあるまい。相変わらず木陰に隠れたままに輝夜に、永琳は近づくと、凍りついたままの輝夜の頭に手を載せる。もはや、心配はございません。隠れ家も既にご用意できてるとのこと。さあ、早く行きましょう。
 心を整えるに時を要したのか、輝夜は暫く何も言わなかった。普段の我儘さとは掛け離れた寡黙を保っていた。その顔は、恐れを現してはいないが、何か憂いを含む。これからのことが依然として心配なのは仕方なかろう、と永琳は断じる。この憂いを無くすのが、自らの役目であろう、とも永琳は自覚する。高天原時代の付き合いで隠れ家は借りた。所詮天津神崩れの月の追討使なぞ恐れるに能わぬ。後はそれを、身を以て示すのみ。永琳はひとまず、少しでも憂いが和らげばよいと、輝夜を抱き締めた。輝夜は、何の感情も表わさずに、永琳へと縋り付いた。
 そうして漸く輝夜が、言葉を発する。それは、不安を訴えるものでも非道を非難するものでもなく、永琳は大丈夫? という労りであった。その輝夜の暖かさを感じながら、くすり、と小さく永琳は笑って、答える。

「私は大丈夫です。ひめを、やっと拾えましたから」
安んぞ架け替えん。




 対になる作品の「夜郎の童」も公開しましたのでどうぞ。(2019.6.21追記)
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