「銭をばらまくなんて、随分と豪勢なのね」
 振り返ると、金髪の少女が木にもたれ掛かっていた。
「なんだい、死神エリーが、死神に何か用でも? 」
「元死神、が正しいわ。もう、だいぶ前にやめちゃったからね」
「そりゃ羨ましいね。あたいもさっさと辞めたいね」
「やめてどうするのよ」
「毎日寝て過ごすさ」
 にやり、と笑いかけると、エリーは真面目そうなため息をひとつついた。

「しかし、足元にあるものをお構いなしに投げるあんたに、投げるものについてとやかく言われたくはないもんだな」
「いちいち用意しなくてもいいし、回収しなくてもいいから便利じゃない」
「でも今じゃ、タイル貼りなんだろう? タイル飛ばしたら、後の修理は大変じゃないのかい」
「うっ」
 ちょっと視線を背けるエリー。そんなんだから、霊夢に負けるんだよ、と言いたくなるが、抑えておく。
「で、でも、あなただって、それは変わらないんじゃないの? 第一、渡し死神にとっては、銭なんてなにより大切じゃない。拾い集めるの、面倒じゃないの?」
「あー、それはな。そのままだから、大変じゃないんだ」
「ええっ!」
 エリーは、ずい、と顔を寄せてくる。
「あなたまさか、銭ばらまいて、それそのまんまなの?!」
「あ、ああ」
 その気迫に思わず気圧された。
「あなた、馬鹿じゃないのホント。閻魔に知られたらタダじゃすまないわよ」
「ああ、そりゃもう遅い」
 すでにバレているんだな、これが。そして、たっぷり説教だって食らったさ。
「ああ」
 エリーは、右手で目を押さえてふらついた。死神が目眩とは、本当に体が鈍っているらしい。こんど、風見幽香に通報しといてやろうか。
「ホント、規格外ねあなた」
「だから、あんたに言われたかないよ。フランス生まれの「元」死神さんよ」
 そう、彼女はすべてが規格外だ。フランスからふらふらやってきた討伐専門の死神で、しかも今は死神を辞め、風見幽香の夢幻館で、門番としてのんきに暮らしている。そんな死神が、規格通りだとでもいうのか。
「そりゃ、そうだけど」
 言うと、エリーは少し言葉に困ったようだった。
「どうだい、あんたも、戻ってくるつもりはないのかい? こっちに」
「ないわね」
 即答である。当然だろう。
「なぜだい? 戻ってくれば、あんたはエースになれる。あの比那名居だって、壊滅させられるだろうさ」
「それを、あなたが言うのね」
 エリーの目線は、普段の温和な彼女とは思えないほどに、厳しい色を帯びていた。まさに、死神。
「そうやって、私は何人もの天人を、仙人を、地獄へと蹴り落としてきたわ。文字通り、命を懸けてね。逆に殺されかけたことだって、一度や二度じゃなかった」
 天界に行ったまま、帰ってこない死神というのも、決して少なくはない。死神不足が慢性化しているのも、そういうことなのだろう。
「逆に小町に聞くけれど、そうした果てに、私達はなにを得られるの? 死神である私達は、どうやって救われるの?」
「さて、あたいに聞かれてもねぇ」
 それは、閻魔に聞いとくれ、といったところ。あたいは、首を振る。
「そもそも、曲りなりにも"神"であるあたい達に、何か変化が起こるとは思えないんだな、これが」
「つまり、永遠に殺し続けると?」
「それは違う。閻魔に言わせれば"救い続ける"だ。天人や仙人の魂を、な」
「殆ど変わらないわ」
 そりゃそうなんだが、是非曲直庁では"そういうことになっている"。
「私はね、幽香さまの所で初めて平穏を得られたの。"戦うの久しぶり"なんて思わず叫んだ時には、自分でも驚いたわ。この私が、それほど戦闘してなかったなんて、死神やってた頃からしたら、ありえなかったもの」
「そりゃそうだな」
「私は、そういう場を与えてくれた幽香さまに感謝しているし、そういう場所から出ていくつもりは、さらさら無いわ」
 決意が、その言葉には重く染み込んでいた。
「まして、あいつらは、幽香さまに"長く生き過ぎた"なんてふざけたことを言ったのよ」
 それは、私も知っている。別に映姫さまが、悪意を以て述べてはいないことも、知っている。閻魔というのは、私情とは関係なく、正しいことを言う。あたいらとは、根本から違うものなのだ。
「そんなところに、戻りはしないわ」
「そうかい」
 あたいは、ほっとした。
「ま、あたいも本当にあんたに戻って来い、とは言わないよ」
 あたいだって、うんざりしているのだ。死神というやつに。
「そうでもなきゃ、わざわざ銭なんて投げないさ」
 そう、銭を投げるのは、ささやかなる抵抗、ちょっとした憂さ晴らし。
 別に、映姫さまに恨みがあるわけじゃない。映姫さまには良くしてもらっているし、なんだかんだと目を掛けてもらっていることはあたいだってわかっている。でも、それを知っていてもなお、閻魔や是非曲直庁に対しては、やはりいろいろ考えざるをえないのだ。
「え?」
 だから、閻魔の連中や、是非曲直庁への、ちょっとした意趣返し。連中が何よりも価値を置き、かつ集めるもの。それが、この硬貨だ。そういう、最も大切なものを投げてやる。豪勢に散りばめて、そのまま打ち捨ててやるのだ。渡し死神のあたいには、それくらいしかできない。
 だから、あたいはいつまでも銭を使ってやる。


 困惑して立ち尽くすエリーを他所に、私はしばらく昼寝をすることにした。




死神の会話。もとは某チャット向けの掌編。
エリー=アンクウ説を採用。
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