神、託して云う。「我は多度神なり。吾、久劫を経て重き罪業を作し、神道の報いを受く。今、冀(こいねがわ)くば永く神身を離れんが為……」
『多度神宮寺伽藍縁起并資財帳』
――因罪業賜神身 罪業に因りて神身を賜ふ――
元来、神奈子は下社を気に入っていた。
自らの子孫たる諏訪氏が仕切る上社は、しかし諏訪信仰の中核をなす。建御名方を祭神に掲げる上社は、ミシャグジ信仰の社を神奈子が乗っ取ったにすぎないのだ。ゆえに本来の"諏訪大明神"たる諏訪子の力もまた強い。その中では、自らへの信仰のために神奈子が自らの権威を誇示せねばならぬ。結果的に、上社にいる間、神奈子は"威厳のある諏訪大明神"を演じなければならない。しかしその点、下社は自らを祀る社である。また、下社大祝・金刺(かなさし)氏は神奈子とも諏訪子とも血縁関係のない、純粋に神奈子を信仰する人間である。あくまで土地の代表に過ぎぬ金刺氏とは、初代・金刺舎人金弓(かなさしのとねりかなゆみ)以来上下を気にせずに付き合うことができる。本来的に、気軽な付き合いを好む神奈子からすれば、楽な気持でいられる下社のほうが、ずっと居心地がいい。
今日も下社秋宮の神木・一位に寄りかかって居た神奈子は、境内へと戻ってくる甲冑武者たちを見る。五本の根を持つ梶の葉を掲げた、下社大祝・金刺興春(かなさしおきはる)の軍勢である。
「毎回、我らに多大な御加護を被り、誠にありがたきことにございます」
その甲冑武者の群から離れ、神奈子のいる拝殿の奥へと黒髪の若い男が歩いてきた。
「また戦か。あんたたちも本当に懲りないねぇ」
神奈子が、言葉とは裏腹の真剣な表情で落胆すると、彼は苦笑した。
「諏訪大明神の信仰を守るためです。八坂様、昨今の混乱の中では、力を持たずに身を守ることすら難しいのです」
「興春、果たして上社の者と戦うことが、諏訪の信仰を守ることと結びつくのかい」
興春と呼ばれた男は、神奈子の隣に座った。甲冑の札(さね)がこすれて、音を立てる。
「上社の連中は、信仰よりも権力を欲し、あわよくば伊那や佐久に侵攻することを欲しています。このようなことを許せば、八坂様の信仰も疎かとなるは必定。我ら下社は、上社の凶行を押し留めねばならぬのです」
真剣な目を神奈子へと向けた彼は、まだ若い。而しながら、この男は、神奈子と諏訪子から認められ、現人神として強大な力を手にする下社大祝である。
下社は、もう100年以上も上社と対立を続けていた。神奈子にとってそれは短い年月に過ぎぬことではあるが、人間からすればもはや因縁ともいえる。2年前、下社は上社を攻撃している。遠くは33年前の文安六年にも、上社と下社が衝突し、下社は焼き討ちされていた。
信濃守護・小笠原家は、伊那・府中・鈴岡の三家に分裂して相争っている。隣国駿河では、守護・今川義忠が、遠江の国人一揆に殺害された。畿内でも、近江守護・六角氏の反抗を幕府が抑えられなくなっている。そのような、実力ありきの時代であった。諏訪の人々が武装し、戦いを続けるのも、仕方がないのかもしれぬ。そう神奈子は無理やり納得するしかない。
人間が行うことに、神が必要以上の介入をするべきではない。する能力はない。神とは、かの如く不自由なものである。神奈子は、悔しさに唇を噛み、諏訪の人々が死ぬのを見るしかないのである。
「上社の者共を必ずや改心させ、八坂さまが安心して下社の神木で寝ていられるような諏訪にする所存です」
目に強い決意を宿らせて、自慢げに興春は述べた。神奈子には、却ってそれが不安だった。
「八坂さま、お久しゅうございますな」
上社へと飛んできた神奈子を迎えたのは、中年の男の声であった。彼の髪は幾分藍色を帯びている。
「久しいね。どうだい、こちらの様子は。うまくやってるか?」
「ええ。八坂さまのお陰で概して恙無く。ただ、政満(まさみつ)の横暴を除けば」
この中背の男は、整った口髭をなでる。
「我が従兄であるとはいえ、政満は諏訪の害にしかなり申さぬ」
「継満(つぐみつ)、確かにお前は私の子孫だ。だが、お前の従兄である政満も私の子孫。それでも私の前で政満を貶めるか?」
神奈子は、不快をあらわにした。自らの子孫たる上社大祝・諏訪継満が、一族で貶めあっているところを、見たいはずがない。
「これは八坂さま、申し訳ございませぬ」
あわてて、彼は頭を下げた。とはいえ、政満に対する怒りは、とても収まっていそうにない。
諏訪情勢が複雑である理由のひとつが、上社内の対立であった。
諏訪の大祝は、諏訪の現人神である。諏訪の土地神である。ゆえに、諏訪郡を出ることはならぬ。しかし、同時に諏訪家は、信濃国諏訪郡の武士でもある。諏訪郡以外に出陣することもある。しかし、他郡への出兵に諏訪家の中核たる大祝は参加できない。これでは、諏訪家の軍事力はうまく発揮できぬ。
そこで26年前、当時の上社大祝・諏訪有継は、嫡男・信満に上社領の東半分を与えて武士の惣領として世俗を司らせ、二男・頼満に上社領の西半分と大祝の座、則ち、諏訪大明神の力を与えたのである。
だが、これは上社の権力が分割されてしまうという重大な欠点をもった。元来ひとつだったものを分割し、矛盾の起こらぬはずはない。本来なら兄弟である大祝と惣領が対立を始めるまでそう時間はかからなかった。そして、この対立は、大祝を頼満の子・継満が、惣領を信満の子・政満が継いだ後も常に残り続けたのである。
神奈子が最近、上社に近づくを厭うようになった一因は、この一族対立にもある。
「ですが、ご安心くださいませ」
継満は、反省もそこそこ、神奈子へ破顔した。
「これ以上の分裂は八坂さまのためになりはしませぬ。まもなく、八坂さまが苗裔による正しき諏訪信仰が、復活いたしまする」
彼も、金刺興春と同じような、自信に満ち溢れた顔をみせた。そして、神奈子は不安にとらわれる。なぜ不安なのか分からなかったが、興春の時と同じように、なにか心がひどくざわついた。
文明十五年が明けた。細川・山名の京市街戦のさなかに始まったこの年号は、"文明"という名にはとてもふさわしくない、混乱した世相にある。人間とは、かのようにして希望を託すのだと、神奈子は少々興味を持って、新年を迎えた。
そして、既に新年となり数日が経過している。この日は、二柱とも神事の入らぬ日であった。新年の神事の合間を縫って、必ず二柱で新年を祝うことにしている。
「あけましておめでとう。神奈子」
「ああ、おめでとう、諏訪子」
神の本来坐(いま)す場所である、守屋山で二柱は酒を酌み交わす。
酒の席で、諏訪子は実に様々なことを語る。諏訪各地の土着神を束ね、また自らも元来の土地神である諏訪子は、諏訪郡のことに詳しいし、そうでなくとも、性格からか話すのが好きなようであった。ゆえに神奈子は、普段は彼女の聞き役を務めながら、御神酒の濁酒を傾けることが日常である
この日も、日常と同じであった。普段通り、諏訪郡において起きた大小の事実について自らの主観を交えて面白そうに語り、また、自らと同属たる、佐久郡が生島神への愚痴をさんざん述べた。もっとも、生島神とのもめごとについては、間に立って裁定する羽目になった神奈子と足島神のほうがずっと大変だったはずなのだが。
「ところでさ、あんたの子孫、きな臭いよ」
他愛もない話が続いていた中で、その話は極めて唐突であった。
「神奈子はさして上社に来る機会がないからわからないかもしれないけどさ、あれはまずいよ」
「いや、私とて自らの子孫の不和を知らないわけではないよ」
「そう、ならいいや。まあ、そんだけだしね」
諏訪子は、とてもそっけなかった。神奈子の子孫が殺し合いを始めた? それが諏訪の信仰に影響するとでもいうのか? 所詮、武士・諏訪氏の内部対立に過ぎぬだけではないか。諏訪氏がいなくなったなら、代わりを連れればよいだけだろう。
「……そんだけね、確かに」
神は、人と人との関係に介入はしない。できない。人と妖怪との間に存在する均衡を守るが為に仲裁こそすることはあれど、人と人の対立は、世界には大きく影響せぬ。神の出る幕などないのだ。それがたとえ、自らの子孫であろうとも。
「そんだけだよ。神には関係ないから」
自らよりも人から遠い、より純粋な神たる諏訪子は、盃片手に、サラリと言ってのけた。
しかし、神奈子にはそこまでの割り切りはできそうにない。
正月八日、上社前宮にある大祝の館・神殿(ごうどの)では、諏訪一族による酒宴が行われた。大祝・継満主催のこの宴には、これまで対立してきた惣領・政満やその子供も呼ばれ、諏訪一族が一堂に会した形となる。御簾を隔てた内側に、神奈子もまた座り、杯を傾ける。
御簾の向こうからは、男たちの歓声が聞こえてくる。めいめい、新年の喜びに浸っているように見える。時折男たちがこちらに寄ってきては、様々な声を神奈子にかける。そして神奈子もそれに応えて笑う。これまでの対立が嘘のように、全員が笑いあうこの場に、普段の上社が纏っていた殺伐とした雰囲気は全く感じられぬ。誰もが楽しそうなこの場所は、久しぶりに神奈子にとって楽しげな上社であった。
「本日は、八坂さまにもお越しいただききょうえつしごくに存じたてまつります」
もはや宴もだいぶ佳境に入ってきている。既に、外は暗くなってだいぶ経つ。だが、目の前で叩頭した二人の男の子に、疲れはほとんど見えない。およそ、宴の途中に連れてこられたのだろう。頭をあげなさい、と神奈子が言うと、彼らはおずおずと体を起こした。とはいえ、下を向いたままである。御簾越しではこの細かい表情を読み取ることはならぬ。されど、神奈子は二人の違いを確実に見て取った。年長と見える彼は、兄だった。一朝事あらば弟を守りきってみせるという気迫にあふれていた。一方、年少と見える彼は、弟だった。態度に見せぬとはいえ、兄を尊し頼る姿が見えるようだ。
名は、と問うと、年長らしき子が口を開く。
「私は、諏訪家惣領・諏訪刑部大輔政満が嫡子、諏訪宮若丸。隣におりますは、我が弟・諏訪宮法師丸でございます」
兄ですらまだ15に満たぬ歳であろうに、随分としっかりした子供ではないか、と神奈子は感心した。
「以後も是非、八坂さまのご加護を受けたく思いまする」
再び二人は頭を下げる。そしてそれを見計らったのか、そそと男が子供に近づいてくる。八坂さま、お久しゅうございますな、と彼は軽く頭を下げ、二人の子供の頭の上に手を載せた。
「これは、我が自慢の息子にございます。ぜひ、八坂さまのお見知りおきを」
「そうか。頼もしげな子供だな。そなたは、良き子供を得たな」
神奈子は、子供に笑いかけたが、御簾をはさんではおよそ気づくまい。それが残念ではあったものの、その雰囲気だけでも通じればよかった。
「八坂さまの血でありますから、悪しき子供が生まれるはずはございませぬよ」
子供をなでながら、惣領・政満は大笑した。兄の宮若丸は、自慢げな目をこちらに向けており、弟の宮法師丸は、恥ずかしそうな目で、御簾の下辺を見ている。その対照がまた、神奈子に好印象を持たせるのだった。
久方ぶりの、楽しげな上社の酒宴であっただけに、無意識のうちにそのきな臭さを否定していたのかもしれない。神奈子は男の悲鳴を聞いて初めて、戎装の者の存在に気づく。酒宴の座が、凍る。
「何事?」
神奈子が問うとほぼ変わらず、政満は抜刀する。刃渡り二尺八寸の太刀が、先ほどまでの和やかな酒宴の場を斬り落とし、修羅の場へと変貌させた。
「八坂さま、ご安心下さいませっ! 八坂さまに叛きし賊たる政満を誅伐する義挙でございますっ!」
甲冑を着た大祝・諏訪継満がそこには立っている。謀ったか、と赫怒(かくど)する政満をよそに、継満は手に携える槍を政満に向けながら、神奈子の方を見る。太刀を構えた藍髪の男と、槍を構えた藍髪の男がにらみ合う。互いに似たような年、顔立ちも似ている。ともすれば、双子とも見える。その彼らの争う光景に、神奈子は吐き気さえ覚える。二人が、ともに自らの加護を得ようと声をかけてきている、その姿さえ、似ているのだ。なぜ争わねばならぬ。大祝とは、惣領とは、彼らが相争わねばならぬほどのものか。
子供二人の動きが、引き金を引いた。政満が足を二度打ち鳴らすと同時に二人は、継満の横を走り抜けて外へ逃げる。すぐに継満の怒号が響き、剣戟の幕は斬り落とされた。
「一人残らず討ち取れ!」
神奈子はこれを見ていることしかできない。わずかな従者しか連れぬ惣領・政満が、大祝・継満の麾下多数に囲まれ次第に傷を増やしていくのを黙ってみるしかないのだ。神はこれに介入すべきでない。人のことは人による解決を為すべきだ。他の神の民ならともかく、自らの民同士の戦たれば、なるようになるまで見届けるほかないのだ。あくまで神とは、人と人ならざる者の間に入るものに過ぎぬ。諏訪子も、そう断言していただろう。
「卑怯だ継満! それでも、お前は諏訪大明神の化身かっ!」
その罵声と共に政満の鮮血が御簾を染め、胴だけが御簾に倒れかかった。
数日後、上諏訪の町に、藍髪の惣領とその嫡男の首が梟首された。
「神奈子の子孫も随分と過激だね。神長(かみおさ)の満実(みつざね)も今度ばかりは許せん、あやつはもはや当方の大祝にあらず、って叫んでたよ」
相変わらず、ニコニコとしながら諏訪子は神奈子の隣に座る。神奈子の子孫たる諏訪に比べて、諏訪子の子孫たる守矢は面倒がなくて楽だ、とでも言うのではないか、と神奈子は警戒した。もちろん、諏訪子がそのようなことを言うはずないことくらい神奈子にはわかっている。それでも、警戒せずにはいられなかった。
神奈子の心配をよそに、諏訪子は神奈子の目の前に徳利を取り出し、自らの盃に酒を注いだ。盃いっぱいに注いだ酒を一息に飲み干すと、神奈子の右手に盃を載せた。神奈子はそれを受け取り、諏訪子が酒を注ぎ終わると、一気に呷った。あのような凶行を見ていなければならないという不快感もろとも、酒を飲み込もうとした。が、飲み込めるはずなどない。なぜ、自分は神なのか。神とは、人を守るものだ。八百万の神達や妖怪が、世界の均衡を破壊するほどに人を虐げたとき、神奈子は諏訪大明神として人に仇為すものを誅戮する。だが、人によって人が虐げられたとしても、介入は成らぬ。見ているだけだ。それが、たまらなく悔しい。自らの子孫がいなくなろうと、諏訪が平穏たりえることなどわかっている。だが、介入できれば、諏訪をより安寧に導けるかもしれぬ。
されど、自らの"神"としての理性がそれを妨げるのだ。いくら介入しようと決めたくても、最後の決断を行うことができぬ。人と人の争いは、人のみで解決せねばならぬのだ。神は、人を支配するのではない。あくまで、信仰され守るのみだ。人と人との争いに割り込み、自らの手の下で収めればそれは、神が人を支配したこととなる。それは、神の驕りだ。諏訪子が如き反応ができるようになったとき、自分は"真に"神となる。それまで、自分は所詮"にせの"神にすぎないのだ。
人に近いか遠いかなど、その神のなりたちに因るものである。神の子として、人と同じように生まれ育った神奈子と、諏訪に元から"在った"神である諏訪子の異なりは、あまりにも絶対的であった。
上社大祝・諏訪継満は、惣領・政満とその嫡男・宮若丸を斬殺することで惣領家を壊滅させ、上諏訪を掌握した。しかし、諏訪子の言うとおり、神長・守矢満実は黙っていなかった。緑の髪を逆立てて怒った満実は、すぐさま兵を集めて継満に反旗を翻し、たちまち上社を奪還。継満は、近くの干沢城へと撤退した。
正月十五日。継満が、上社から撤退し干沢城に立て籠もった日。
神奈子は、惣領家居城・上原城に設けられた分社の前に立つ宮法師丸を見つける。"むだな"ところで、神は神徳を発揮してしまう。
茫然としたような表情で社を見つめていた彼であるが、そこに神奈子が出現したと見るや、唐突に顔をゆがませた。まだ、その顔は幼い。
「八坂さま、おられるのでしょう」
この間、あの宴で出会ったときからはとても想定できぬ、暗い声だった。それに神奈子は、返事できない。
「八坂さまにお尋ねします。なぜ、あの時八坂さまは我が父と兄、叔父を助けてくれなかったのです?」
宮若丸の言葉は、疑問形ではあったが、完全に譴責である。あの場にあなたさまはおられた。にも関わらず、あなたさまは凶行を止めようとはなさらなかったのはなぜか? 血を吐くが如き言葉が、10にも満たぬ宮法師丸の口から連なった。
神奈子には、それを黙って聞く他ないように思われた。神奈子が、自らの意思で、諏訪政満と諏訪宮若丸を見殺しにしたことは事実なのである。神前にて謀殺するという継満の行動を、あなたはなぜ容認なされたのです。あれが、諏訪大明神も認める義挙であったというのですか。我が父がいつ、八坂さまを叛きましたか? そう問う声に、返す言葉を神奈子は持たない。
「宮法師丸さま! 八坂さまになんと言うことを申されるのです!」
神奈子の神徳で封ずるに能わなかった、宮法師丸の溢れ出る怨嗟の言葉を封じたのは、緑髪の男の一声である。その初老の彼は、節くれだったその手で宮法師丸の腕を握りしめると、思いきり殴りつけた。忽ち、宮法師丸は吹き飛び、地へと倒れ伏す。それでも宮法師丸は、敵意の目で神奈子を睨み続けた。その顔を、守矢満実は片手で地へと押しつけた。
「申し訳ございませぬ。これはまだ子供なのです。今回のことは、神長・守矢満実の名に免じて、許しては下さらぬでしょうか」
片手で宮法師丸を抑えつけながら、満実自身も頭を下げる。神奈子は、出来る限り鷹揚に頷いて、神の寛大さを見せつけた。満実の祖・諏訪子ならばこの局面も難なく打開できたろう、と思っていたことなど、知られるわけにはいかぬ。
どうして兄上は私を逃がしたのです、という言葉が、消えようとする神奈子の背を貫き通した。
しかし、なぜ継満はかの如き凶行へと走ったのだろうか。あれは、尋常ではない。いくら大祝とはいえ、神前で人を斬殺するなど、狂気に逸している。確かに、大祝と惣領の間に亀裂が深まっていたのは事実。だが、惣領の政満は、継満の従兄ではないか。ただ利害が対立していたが為のみで、あのような凶行をなすだろうか。
人という生き物は、とくとわからぬ。自らの子孫であるはずの彼らが、とくとわからぬ。権力の為に、子供までも殺しうる。信仰している神の前で、不浄なる殺人を平気で犯す。理解できぬが故に、神奈子には恐ろしい。あのような行動に走る理由がわからない。平然と、子供だろうが親戚だろうが殺せる心持が、わからない。
そして自らは、そのような恐ろしき者に、大祝という地位と大きな力を与えてきた。これは、実(げ)に怖ろしきことだ。まるで、何をするかわからぬ赤子に武器を呉れてやっているようなものではないか。
畏しきは諏訪子も、であった。これまでと全く同じように過ごしたにも関わらず、諏訪子は神奈子の異変を言い当てたのである。曰く、人の争いに心を痛めてるみたいだけど、無駄だよ、と。首謀者・継満は確かに、神奈子の子孫で人間だけれど、現人神・大祝でもある。彼は、神の側面も持つ。故に、自らの信念を守るためならば、いかなる決断を下すこともできるのだ、と。
神とは何か、ということを直接的に諏訪子から叩きつけられたも同然である。精神力が著しく強く、いかに非情な決断を下してでも自らの役割を遂行するものを神と呼ぶ。神とは、そうでなくてはならぬのだ。秋の神が蝉に同情して秋を遅らせるようなことがあってはならぬ。道祖神が、自らの嫌悪感を顕わにして人間を区別するようなことがあってはならぬ。土地神が、必要以上に人を害した妖怪を、親しい仲故に罰せぬなどということがあってはならぬ。そして、大祝とは神だ。すなわち、大祝・継満は自らの信念に基づいて、平然と"あれ"を行った。
神奈子は、大祝の地位を彼に与えたことで、かの凶行を決断する後押しをしたのだ。
神奈子は、下社の一位によりかかり、冬の澄んだ青空へと目を向けていたところを、下社大祝・金刺興春に見つけられた。彼もまた、人でありながら神である。諏訪継満と、同類だ。
興春は、新年の寿ぎを述べると、その黒い髭(くちひげ)を撫でながら、神奈子の隣へと座り込む。諏訪家の者ならば、決してせぬ行動である。
「八日のこと、聞きました」
彼もまた、八日の出来事を話題にするようである。神奈子にとってこれは拷問に近いことであったが、彼女は神である。神が人に醜態を見せるわけにはいかぬ。それほど話上手ではない神奈子には、それに代わり得る話題を見つけるに能わず、この仕打ちを受けるしかなかった。
神奈子の表情がわずかに変化したことに全く気づかぬのか、興春は寿ぎと同じような口調で、八日の詳細について聞いた。宿敵、上社の様子を知りたいようであった。真綿で胸を締め付けられる感覚を覚えながら、平静を装って神奈子は八日の惨事について、客観した神の視点から話した。だが、そのような視点は所詮、神の強大な精神力に支えられるものだ。客観するために自らの思いを削れば削るほど、神奈子の心も鑢(やすり)で削られるが如く痛む。
神奈子の話を受けてか、継満は正しい、と興春は神奈子を見たまま言った。神奈子の、なぜだ、という声は心の中にしまいこまれる。あくまで神は、客観。
興春は言う、継満は諏訪を守るために決心して"やった"のだ、と。政満ら上社惣領の掲げていた拡大政策は、結果的に諏訪を滅ぼす。諏訪が滅ぼされれば、諏訪信仰もどうなるかわからない。上社大祝の諏訪氏や下社大祝たる我らの役割は、俗世で所領を広げることではなく、諏訪信仰を守ることだ。ならば、諏訪信仰に害を与える可能性のある政満らを排除することは、正当ではないか。
興春の言い分は、極めて論理的だった。ひとつひとつ丁寧に、洩れのないように神奈子に言う。彼の言い分は、自信にも満ち溢れていた。自分のやっていることに何一つ間違いはない、とでも言うかのように。そして、さらに言うのだ。我ら下社は、継満どのを支援するために出兵する、と。宮法師丸をどう思うか、と神奈子が聞くと、即答した。逆賊は、一人残らず地獄に叩き落とさるるべきである。
二月十九日、神長・守矢満実は、矢崎・千野・有賀・小坂・福島ほか諏訪郡の豪族を九合し、干沢城を急襲した。未だ大祝直属の兵しか動員できぬ継満に守りきれるはずもなく、干沢城は陥落。継満は、一緒に籠っていた父・頼満を置き去りにして杖突峠を越え、伊那郡高遠へと逃れていった。諏訪郡を出た継満は、同時に大祝の地位を失う。上社の大祝は、ここに空位となる。
「継満が父・伊予守頼満が首にございます」
まるで皐月人形が如く、鎧に身を包み床几に腰かける、藍髪の子供が一人。すぐ横には、白髪交じりの緑髪を後ろで束ね、鉢巻を巻く初老の男が立ち、寄り添う。
「宮法師丸さま、ご検分を」
初老の男、守矢満実が言うと、宮法師丸は、その首を凝視した。その目はもはや、子供とは言えぬほどに凄惨である。
「このような年寄の首など、いらぬ。早う、継満が首を持って参れ」
変化に、神奈子は愕然とする。まだあれから、一月しか経っていないではないか。あの、頼りなげな顔をした子供は一体どこへいったのか。今の宮法師丸の凄まじき形相は、子供どころか、もはや人間といえるかどうかすら怪しい。あれは、断じて子供などではあるまい。あれは、敵に死を振り撒き、敵の死を以て喜びと為す、一人の武人だ。あの出来事が、この子供から子供たる部分を取ってしまったのだろう。宮法師丸は、子供であることを放棄させられ、人間を殺すことも厭わぬようにならざるを得なかったのだろう。
宮法師丸は、頼満が首を殴り飛ばす。強靭たるはずの精神力でも、とても耐えられそうにない、と神奈子は目を背けてしまった。だが、自分は、現実を見ることすらできぬのか、と神奈子は傷つくだけだ。
人の子、別れて一月、刮目して相対すべし、と諏訪子は、特に表情を変えずに言った。諏訪子は、この凄惨な事件に何の感情も持たぬようだ。それに神奈子はまた、心を痛める。外見が子供にしか見えぬ諏訪子の、人をなんとも思わぬ姿が、宮法師丸と被って見える。自らが、諏訪子の姿に傷つくことに気づいて、さらに神奈子は思う。このようなことで悩むのは、神ではない。諏訪郡の人間同士の諍いに心を痛め、介入したいと思うこと自体が、神の役割から外れているのだ。自分の役割は、諏訪郡、さらに信濃の均衡と安寧を守ることだ。神が、自分の役割を越えれば、世界の均衡は崩壊する。故に、その役割から外れたものならば、諏訪家の内訌をも、何の感情ももたずに客観せねばならない。ならば、このような感情を持つ自分は、不完全な神。諏訪子の反応が、神として正しい。自分も、諏訪子の如き神となるべきだ。
三月十日。下社大祝・金刺興春は軍勢を率いて上諏訪へ侵攻。上社惣領の持城・茶臼山城を陥落させ、さらに上社方面へと軍を進めた。一方、上社惣領家は守矢満実の指揮の下、堅城・桑原城へと立て籠もって下社の攻撃に備えながら、時期を窺った。そして、下社軍の勢いが衰えたと見るや、諏訪惣領家に従う豪族共々、一気呵成に攻めかかったのである。
激戦が、諏訪湖畔一帯で展開された。諏訪湖に注ぎ込む宮川は、その水を血と代え、上諏訪の町を見下ろす茶臼山城は死体に覆われた。そこでは、目処梃子を盛んに揺らしていた青年が矢に斃れ、ここでは、御柱の選定を行っていた白髪の男が、槍に胸を貫かれている。死体を曝し、血を撒く彼らの皆が皆、諏訪の人間である。一様に神奈子を信仰し、諏訪子を畏れる人々だ。そんな彼らが、修羅に身を委ね、干戈を交えている。そのことが、意識せずとも神奈子にはわかってしまう。神故に、諏訪で起きていることが全て手に取るように理解できてしまう。どうしてこのように争わねばならぬのか。神奈子は、この戦を止められぬことなどわかっている。わかっているが故に、戦が"見えてしまう"ことはあまりにも苦行であった。
北より侵攻した下社大祝・金刺興春は、南・高遠の上社大祝・諏訪継満と連携し、上社惣領の勢力を挟撃したはずであった。だが、守矢満実による統率のもとで行われた下社勢への奇襲によって、その優位はあっけなく崩れる。下社勢は、数多くの遺骸を撒きながら、這々の体で下諏訪へと逃げた。が、満実はその好機を見逃すことはない。逃げる下社勢を追って逆に下諏訪へと突き進んだ。勢いに乗る惣領軍の前に、下社軍は為す術もない。下社大祝・金刺興春は、下社まで到達する前に諏訪惣領の兵に囲まれ、奮戦空しく闘死。下社秋宮すぐ横にある金刺家の本拠・桜城は火を噴き上げた。神奈子の居場所たる一位の木の下で、殺戮は繰り広げられる。女・子供・老人に至るまで、金刺の血を引くすべての人間が、境内の中で次々と殺される。まるで、朱を塗り付けたかの如く、境内は色付いた。やがて、下社秋宮にも隣にある桜城の火が移る。それは、忽ち境内全てへと燃え広がり、神奈子の居た一位も、まだ建てられて1年も経たぬ御柱も、興春がよく託宣を聞きに来た拝殿も、血に染まり死体に埋まる鎮守の森も、全てが灰へと帰っていった。
拝殿に掲げられた大きな注連縄が、じわじわと燃えて灰へと変わっていく。所詮、諏訪子に勝てるはずなど、なかったのだ。自分は、不完全な神なのだから。
下社の勢力下にあった下諏訪は残らず焼き払われた。下社春宮も秋宮もまた、全てが灰燼に帰した。興春ら、金刺一族の首は、湖南にある大熊城で、二昼夜晒された。
あれれ、下社焼けちゃった、と諏訪子は素っ頓狂な声を上げる。それは特に怒った風でもなく、純粋な驚きを示すに過ぎぬ様である。両方焼けたみたいだ。金刺の一族も鏖殺(おうさつ)されたようだよ、と答えると、そう、とだけ答えた。
神奈子は盃を呷り、遠くを眺める。守屋山の頂上からは、諏訪の盆地は一望できた。今回の騒乱によって、上諏訪も下諏訪も灰色一色となっている。
諏訪子は諏訪子で盆地を眺めながら、言った。上社の大祝も下社の大祝もいなくなっちゃったから、次を選ばないと。神奈子が何も答えられずにいると、続けた。上社大祝は、諏訪の跡継で決まり。下社も、興春の息子がどっかに生きてたはずだよね。それでいいや。
神奈子は、もはや大祝など任じたくはない。あのような決断を行う力を与えるなど、愚行だ。自分がそんなことをしたから、宮法師丸が如き、人と思えぬ人間が生まれてしまった。ならば二度と、大祝など任じない。
だが、諏訪子に、それを言うことなどできぬ。それは、自らが神として不完全であることを明らかとする行為だ。いくら今では友好関係にあるとはいえ、自らの支配下に置く神である諏訪子に、弱い面を見せられはしない。どんなに傷ついても、諏訪子の前では"毅然とした諏訪大明神"でいなければならない。神奈子は、次の上社大祝に諏訪宮法師丸を任じることをはじめとした、諏訪子の提案に全て頷く他なかったのだ。
それからしばらく、神奈子は諏訪のいずれの社にも、現れることはなくなった。彼女は、守屋山に籠るようになったのである。
文明十六年になると、高遠に逃げた元上社大祝・諏訪継満は、高遠領主・諏訪継宗(彼もまた、神奈子の子孫である)や鈴岡城主・小笠原政秀の援軍を借りて諏訪郡へ再び侵攻を図った。しかし、諏訪宮法師丸と守矢満実は、府中城主・小笠原長朝の援軍を得てこれと戦い、高遠へと追い払った。諏訪の対立は、信濃守護・小笠原氏の内訌をも巻き込んでいた。
文明十六年十二月二十八日。御社宮司平(みしゃぐじだいら)での潔斎を終えた宮法師丸は、新たな上社大祝として立つと同時に元服し、諏訪安芸守頼満を名乗った。彼は、敢えて自らの父と兄を殺した継満の父と同名を名乗った。継満をも、自らの下に置くことを、内外に示したのである。ここに、大祝と惣領を兼ねる頼満を絶対君主とする、諏訪の新体制が確立したのである。
首を殴り付けた相手の名を、何食わぬ顔で名乗る10歳の宮法師丸――安芸守頼満は、神前に頭こそ垂れるが、不敵に笑っていた。それは、彼が自らの才に恃んでいることの現れだ。自分は、兄を殺した神の助けなどいらぬ。己が才覚で、如何なることも斬り開いてみせん。
子供一人、神は助けることはできなかったのか。神事に参加した神奈子は、只々、自らの不徳を責めることしかできなかった。
神は不死身にて、神道を逃る可からざるなり。而れど其の道、艱難を地獄餓鬼畜生と同じゅうする。豈、神道に勝る報有らんや。