※この文章は、Spheniscidae作品の関連地を紹介するガイドのようなものです。
※少なくとも拙作「黒き海に紅く」「琳磬の架かりて」を読んでおられないと、全然楽しめないと思われます。もしお暇なら、そちらの作品に目を通してからお越しください。というよりは、両作のネタバレを以て構成されているに等しいので、読んでない方はこれを読まない方がよいでしょう。
地図がありますので、よろしければ対称しながらご覧ください。







妹紅「というわけで、私たちがガイドしろってさ」
統員「そういう理由で、私はここにいるの?」
妹紅 「らしい。気まぐれだそうだから、まあ気楽にやりゃいいんじゃないかな」
統員「そうかー、というわけにもいかないでしょ」
妹紅「なんで?」
統員「だってさ、普通こういうところに来るのは幻想郷にお住まいの方々じゃないの? 私みたいなの呼んじゃっていいわけ?」
妹紅「問題ないって。弥十郎のこと知ってるやつしか、これ読まないらしいし」
統員「そういう問題じゃないんじゃない? こういうのは女の子がワイワイやってた方が良いとおもうけど」
妹紅「そもそも、妖怪ペンギンにそんなもの誰も求めてないと思うから、大丈夫さ」
統員「ならせめてさ、龍宮使いさんと黒木の娘さんのコンビだったりする方がいいんじゃないかなぁ」
妹紅「あの二人だと、穏当なものになってしまって面白くないんだとさ」
統員「私に一体何を期待してるんだよ」
妹紅「ゆるさ」
統員「はいはい。わかりましたよ」
妹紅「お前のことわからない奴なんて、どうせ最初から切ってるもの。だから、遠慮はいらないよ」
統員「そうなんだ。もうそこまで言われるなら、遠慮なくいくよ」
妹紅「……順応早いなぁ、あんたは。やっぱ、もうちょい遠慮というものを覚えた方がいいかもしれない」
統員「そうかなぁ」
妹紅「間違いない」
統員「ま、いいや」
妹紅「いいのか。まったく適当なやつだなぁ」
統員「いいじゃない。それでどうにかなってるんだから」
妹紅「ああそうかい。ま、それはそうと、一応お前、自己紹介したほうがいいんじゃないか?」
統員「あ、そうだね。私は田北弥十郎統員(むねかず)。だいたい伊達政宗と同い年くらいの、戦国武将ってことになるのかな。九州、豊後出身だよ」
妹紅「まあ、詳しくは「黒き海に紅く」でも読んでくれってことで」
統員「じゃ、そろそろ本題に入ろうかね」
妹紅「そうしよう」

一 黒木(くろぎ)




妹紅「というわけで、まずは「黒き海に紅く」の主な舞台になった、黒木町」
統員「なんでも、現代では福島県八女市黒木になるんだそうだ」
妹紅「作者執筆当時はまだ黒木町だったけれども、その後に合併したとか」
統員「へー」
妹紅「八女市というところからもわかるとおり、八女茶の主要な産地として今では知られている」
統員「私が行ったころは、それほど茶畑は多くなかったけどね。でも、八女茶ってのは当時もあったなぁ」
妹紅「今のように、茶を専門で栽培する農家は、中世にはまだないからね」
統員「そ、その通り。でも逆に言えば、その頃から少しではありながらちゃんと茶の栽培がおこなわれていたってことでもある」
妹紅「江戸時代に入ってから本格化するとはいえ、八女茶の由来は割と古いってことさ」
統員「そ。よかったら飲んでみるといいよ」
妹紅「で、だ。黒木町でまず紹介するのが、猫尾城。ここが、永江衣玖と黒木父娘の住んでいた場所になる」
統員「……あんまり、私にはいい思い出ないけどね」
妹紅「……誰にとっても、あまりいい思い出はないだろうな。それはそうと、現在では黒木中学校の裏山がそれにあたるようだ」
統員「私の見た猫尾城は、それほど大きくない城だったね。それのせいで、叔父上に殴られる羽目になったよ」
妹紅「現在では、城として造成された跡(曲輪(くるわ))や石垣が残っている。尤も、この石垣が私たちのいた、天正十二年(1584年)の時と同じものかどうかはわからないけれど」
統員「関白・豊臣秀吉によって九州が平定されたあとも、しばらくこの城が使われているからね。その時に畿内の最新技術で以て改造された可能性は十分にある」
妹紅「秀吉以前と以後では、大きく様変わりするからねぇ」
統員「そうそう。やっぱり、畿内の方が石垣の作り方などの面で大きく進んでいる面が多かったからね」
妹紅「その辺りはやはり違うのか」
統員「そうだね。そうでなければ、そうそう島津だって豊臣に負けることは無かったと思う」
妹紅「なるほどな」
統員「この黒木の猫尾城についての記録は、天正十二年の攻防戦を除くと、殆ど残されていない。黒木氏が滅んで、記録が燃えてしまったからね。鎌倉時代の築城と言われてもいるけど、これも怪しい」
妹紅「他の記録には出てこないのか?」
統員「出てきても断片的だろうからね。通史的に語るのは殆ど不可能であるとおもうよ」
妹紅「なるほど、この城の場合は、江戸時代の初めに廃城になって取り壊されているというのもありそうだ。今となっては戦の面影すらない」
統員「"国破れて山河在り"さ」
妹紅「さて、続いては黒木の街並みの紹介といこう」
統員「町並み? 城の西に広がる町のことかな」
妹紅「そう。町並み。黒木の町は、現在"重要伝統建造物群保存地区"にも指定される、古き良き町並みの残ったところなんだとさ」
統員「へぇー。私たちは黒木の町を全焼させたんだけどね」
妹紅「黒木氏が滅亡してからいくらか変転があった後、市場町に転換していった」
統員「それは、肥前(長崎県・佐賀県)から筑後(福岡県南部)、豊後(大分県)に抜ける街道が通ってるからかな?」
妹紅「そう。だから城がなくなっても、市場町に変遷し、やがて八女一帯から出た商人たちの集う在方町(ざいかたまち)になった」
統員「それで、城がなくなっても町はきちんと残り続けたってわけか」
妹紅「ついでにいえば近代以降、物流の中心から外れて、近代化の流れに取り残されたというのもあるね」
統員「古い建物がそのままきれいに残された、ということね」
妹紅「そういうこと」
統員「開けなかったからこそ、いいものが残る。難しいものだね」
妹紅「さてさて、今度はその町の東端、つまり城のふもとにある素盞鳴(すさのう)神社について」
統員「ああ、ここなら私もわかる。大きな藤の木があるところだ」
妹紅「その通り。この素盞鳴神社の境内には、一面に藤棚が広がっている。九州の中でも随一の藤棚であって、満開の時はそれはそれは壮観だ」
統員「さぞ綺麗だろうね。藤が咲いていれば」
妹紅「ここに写真あるから、どうだ?」
統員「すごっ! これは一度見てみたいな」
妹紅「私も一度くらいは見てみたいな。写真でしか見てないからな」
統員「この写真って、便利だね」
妹紅「全くだ。偶には、天狗の道具も役に立つ」
統員「これ使ってるの、天狗なんだね」
妹紅「人間も使ってるけどね。さて、この藤は応永二年(1395年)に良成(よしなり)親王によって植えられたそうだ。「黒き海に紅く」作中でも紹介されているな」
統員「黒木の娘さんのセリフだね。この良成親王というのは、後醍醐帝の孫にあたる。つまり、南朝の皇子というわけだ」
妹紅「この八女のあたりは、南北朝時代には南朝の勢力が強かったということだ」
統員「応永二年だと、すでに南北朝時代は終わりを告げて、南朝は消滅しているんだけどね。黒木より山側のあたりでは、まだ南朝の残党が良成親王を中心にして頑張っていたわけ」
妹紅「藤の木一つとっても、過去が詰まっているというわけか」
統員「京からはるばる筑紫までやってきて、そして、歴史の中に埋没していく。そんな親王の、生きてた証なんだよ、これは」
妹紅「あんたら、燃やしてたじゃないか。大藤」
統員「ぎくっ。いや、まあ確かに燃やしちゃったんだけど、我々は……」
妹紅「ちなみに、この大友軍による兵火と幕末の黒木大火の二回の火事にも、この藤の木は耐えきった」
統員「燃やしちゃった我々がとやかく言えないかもしれないけど、そういった苦難を乗り越えての、美しさなわけだ」

二 その他福岡県域




妹紅「というわけで、ちょっと北に目を向けてみることにする」
統員「主に、道雪どのの関係の場所になるね」
妹紅「そういうことだ。勿論、大宰府だとか石塁だとか、道雪以外の場所についても、見る場所には事欠かない」
統員「でもそれやるとキリがないからね。あくまで、今回は道雪どのや作品の関連する場所だけに抑えておくね」
妹紅「このあたりに関しては、いっそ弥十郎に任せた方がいいかもしれないねぇ」
統員「何が?」
妹紅「説明だよ。だって、同じ大友の話なのだから私より詳しいだろう?」
統員「戦国時代についてはそうかもしれないね。それ以外の補足は頼むよ」
妹紅「了解」
妹紅「というわけで、最初は立花山だ」
統員「博多の北東に聳える山だね。北から博多に入るには必ず麓を通らなければならないという地形から、ここは博多支配には欠かせない。だからこそ立花城という城がつくられていた」
妹紅「今以上に、博多の価値ってのは大きかったからねぇ」
統員「その通り。博多は朝鮮・明(中国)と交易するには欠かせない拠点であり、いわば打出の小槌みたいなところだったから」
妹紅「交易すれば儲かるわけだ」
統員「そりゃもう、とんでもなく儲かるよ。だからこそ足利幕府があったころは、博多は周防(山口)の大内と、我ら大友との争奪戦が続いてた。立花城の争奪戦は特に何度も繰り返されてる」
妹紅「それで?」
統員「天文二十年(1551年)に大内氏が滅んでも、続いて毛利氏との争奪戦が続いてる。だからこそ大友としては、城を守るために道雪どのを立花城に置いたわけ」
妹紅「切り札を配置するだけの価値のある城だった、ってわけか」
統員「その通り。この立花城の攻防戦は永禄十二年(1569年)、大友氏が毛利氏を完全に駆逐したことで終結したけれども、その後も筑前支配の拠点として道雪どのが支配をつづけたというわけ」
妹紅「大友氏の全盛期だね」
統員「その通り。"立花道雪"というよく知られた名前も、道雪どのが立花城を得たことで知られる名前。尤も、道雪どの本人はもっぱら元の苗字である戸次(べっき)を名乗っていて、一度も立花を名乗ったことはなかったんだけどね」
妹紅「そうだったんだ」
統員「そうだよ。道雪どのの死後、養子である統虎――後の宗茂が"立花"と名乗り始めたことによって、道雪どのも立花と呼ばれるようになったんだ」
妹紅「なるほどな。結構呼び名というのは、容易に変わってしまうんだな」
統員「宗茂も、有名になったからね。その有名税みたいなものだよ。その苗字の由来になったこの立花城も、豊臣による九州平定の後、宗茂が柳川に領地替えされると、廃城になってしまうのだけれどね」
妹紅「現在では、一部に石垣が残っている以外、殆ど遺構」
妹紅「さて、続いては岩屋城だ」
統員「こっちは、私の叔父にあたる高橋紹運どのの城だね」
妹紅「お前の親戚関係はややこしすぎて、よくわからん」
統員「そう言われてもなぁ。私自身養子だし、紹運叔父も養子だから、仕方ないよね。一応、系図あるからどうぞ」
妹紅「……わからん」
統員「ま、いいや。ともあれ、この岩屋城は大宰府支配の拠点の一つになる。尤も、それほど大きい城ではないけどね」
妹紅「立花城とは?」
統員「比較にならないかな。立花城は山全体が城郭であるけれど、岩屋城はそういうわけでもないし」
妹紅「それは、理由でもあるのか?」
統員「大宰府支配の中心は大宰府の東にある宝満山の宝満城であって、岩屋城はその支城でしかないんだよ。だから小さいわけ」
妹紅「なるほど。拠点ではあっても、本拠ではないということか」
統員「そういうことだよ。だからこそ、紹運叔父の活躍が際立つんだ」
妹紅「というと、天正十二年の岩屋城合戦かな」
統員「そう。天正十二年、九州制覇を目指す島津軍20000が筑前(福岡県北部)に押し寄せたとき、紹運叔父はわずか763の手勢で迎え撃ったんだ」
妹紅七六三(なむさん)、だね」
統員「その通り。紹運叔父は、立花城にいる実の息子・立花宗茂の命を守るために、時間稼ぎをしたんだ」
妹紅「その結果は?」
統員「数千にも及ぶ多大な犠牲を島津軍に強いた挙句、半月後に玉砕した。一人残らず討死したそうだ」
妹紅「……うわぁ」
統員「紹運叔父らしいし、吉弘の家らしいよ」
妹紅「……」
統員「気を遣わなくてもいいよ。戦国の世のことだから、仕方ないさ」
妹紅「そうか」
統員「しんみりした雰囲気は、この場には似合わないからね。次に行こう」
妹紅「ああ、そうしようか」
統員「そうそう、もし興味のある人は、岩屋城にある紹運叔父の墓参りでもしてくれるとありがたいよ。それほど大きい山じゃないから、上りやすいし。大宰府から博多方面を一望出来て景色もすごくいいしね」
妹紅「今なら車の道もあるしな。Taxiでも行けるぞ」
統員「さあ、次に行こうよ」
妹紅「次は高良山か」
統員「高良山は、耳納の山々の一番西端に位置している山だね」
妹紅「地図を見ると、筑紫平野に飛び出しているような感じがする」
統員「だからなんだろうね、高良山は昔から宗教的な山としてあがめられてた。私たちの知っている戦国時代の高良山は、山岳信仰の寺社が山全体を覆っていたね」
妹紅「信仰の山ってわけだ」
統員「もちろん、彼らは武力も持っていて、立派な筑後の一領主であったよ」
妹紅「その辺りが、中世のややこしいところなわけだ」
統員「私からしたらそれが普通なんだけどね」
妹紅「それもそうか」
統員「そういう山だから、天狗や鬼がいる、とも言われる山として有名だったんだ」
妹紅「寺社あるところに、妖怪もあり、ということかな」
統員「だね。いかんせんこの山には、神籠石(こうごいし)という不思議な石の構造物もあるし、なんだか妖怪がいてもおかしくない山ではあるし」
妹紅「今では、神籠石は古代の山城のあとであるといわれているけれどね」
統員「それまた、何とも夢の無い話であるねぇ」
妹紅「物事が新しくわかる、ってそういうことじゃないかな」
統員「まあ、それはそうなのかもしれない」
妹紅「ともあれ、そういうように鬼との関係が深いところであるからこそ、勇儀はしばらくここにいたのだろうね」
統員「人間を見下ろすには、ちょうど良いところだろうからね」

三 大分県域






妹紅「さて続いては、現在の大分県のあたりについて」
統員「私の生まれ故郷である豊後に、豊前の東半分を加えた領域だね。なんで、こういう区切り方をしたのかいまいちよくわからないけど」
妹紅「そうか?」
統員「豊前を半分に分けた理由がよくわからないよ。まあ、それは決めた人たちの思惑あってのことなのだろうけれどね」
妹紅「私も、それはわからないな」
統員「それじゃ、私にわかるわけはないね」
妹紅「ま、とりあえずここの説明も主に弥十郎に任せよう。わからないところは、私がやるよ」
統員「了解」
妹紅「というわけで、まずは田北村からいこうか」
統員「私の村だね」
妹紅「そう。今では、竹田市直入町大字上田北・大字下田北という地名になっている」
統員「相変わらず、山の中だけれどね。相当」
妹紅「でもいいところじゃないか」
統員「そうだね。山の中に田んぼを開いた、のどかなところだよ。私はあくまでよそ者でしかないけれども、それでもここは好きなんだ」
妹紅「そうか、統員はここの出身ではないのか」
統員「生粋の田北一族じゃなくて、吉弘出身の婿養子だからね」
妹紅「でも逆に言うと、田北一族は殆どここの出身?」
統員「そ。田北生まれ田北育ち、そして田北に骨を埋めた人が殆どさ。私の養父である田北鎮周(しげかね)の墓もここにある」
妹紅「本当に、その村にずっとい続けたんだね」
統員「なにせ、鎌倉に幕府があったころから田北村の領主やってるからね」
妹紅「何か見るものはあるかい?」
統員「うーん。殊更なにかこれを見ろ、っていうものはないかも。九重連山の山並みはきれいだけどね」
妹紅「のどかな空気を楽しんでほしい、というところになるのかな」
統員「あとは、水のおいしいところなんだ。あのあたりは、湧水も多いから」
妹紅「なるほど。それで、田を耕していたということにもなるのかな」
統員「そうなるね」
妹紅「他には?」
統員「少し外れるけど、隣の長湯にはいで湯があるね」
妹紅「お、温泉か」
統員「ここは本当に体が温まるし、疲れも一気に取れるよ」
妹紅「一度行ってみたいものだな」
統員「ぜひぜひ」
統員「じゃ、次に行こうか」
妹紅「それじゃ、次は岡城の話でもしようか」
統員「岡城ね。なんでも、今でも有名らしいじゃない」
妹紅「そうだな。岡城は、現在の竹田市の中心街のある竹田に聳える城で、滝廉太郎の名曲「荒城の月」のモデルになった城としても著名だね」
統員「へぇー」
妹紅「石垣に覆われた堅城として有名なのさ。今では何一つとして建物が残っていないことも"荒城"のイメージにピッタリなんだろうね」
統員「なるほど。それは、やっぱり江戸の幕府ができてからの城だね。私の知っている岡城は、そこまで石垣だらけの城ではなかったからね」
妹紅「その辺りの説明は、弥十郎に任せるよ」
統員「了解。岡城というのは、代々志賀(しが)氏の居城として知られた城なんだよ。ずっと昔から城ではあったんだ」
妹紅「まあ、地形的にも城に丁度いい場所だからね」
統員「そ。周りは殆どすべて断崖絶壁と川に囲まれている。その上麓には、阿蘇から府内(大分市)を結ぶ街道が通っているし」
妹紅「攻め手がほとんど見つからないような場所だ」
統員「私の知っているころは、志賀湖左衛門尉親次(ちかつぐ)が城主さ」
妹紅「"湖左"だな。「黒き海に紅く」作中にも出てきた」
統員「そうそう。あいつは、やっぱり才のあるやつだったなぁ」
妹紅「黒木攻めでも活躍してたからな」
統員「だよ。湖左の才能が最も発揮されたのが、この岡城での戦いさ」
妹紅「天正十四年(1586年)の、島津軍による豊後侵攻だな」
統員「そう。この時、阿蘇から攻め込んできた島津軍本隊2万5000が岡城を包囲した」
妹紅「指揮官は?」
統員「島津義弘。ちょっと戦国時代に詳しければ聞いたことある名前だと思う」
妹紅「ああ、私でも聞いたことあるな」
統員「対する湖左の志賀勢はたった1000だったわけだけど、三か月余りの猛攻を悉く退け、遂に城を守り切ったんだ」
妹紅「ほう」
統員「結果、島津義弘の本隊は奥豊後の平定に時間を取られ、九州の統一を果たすことができないまま豊臣の援軍到来を受けて、撤退することになるんだ」
妹紅「あいつ、そんなにすごい奴だったんだな」
統員「私もまさかそこまでとは思わなかったけどね。湖左は島津義弘をして"天正の楠木"とまで言わしめたらしい」
妹紅「楠木正成か。完全に英雄扱いだな」
統員「今となっては、殆ど忘れられた話だけれどね」
妹紅「岡城から離れてしまったら、それまでか」
統員「それくらいの方がいいのかもしれないね。昨今の宗茂の扱いとか見てると、そう思わないでもないよ」
妹紅「何が言いたいのか、詳しくは聞かないでおくよ」
妹紅「次は宇佐八幡宮だな」
統員「それは妹紅の方が詳しそうだね。私はいくつか補足するくらいにして、任せるよ」
妹紅「わかったよ。宇佐八幡宮は、今の大分県宇佐市にある神社。宇佐神宮とも呼ばれるね」
統員「何度か場所が移り変わって、最終的にはあの場所に落ち着いたらしいよ」
妹紅「7000とも1万とも言われる分社を全国に抱える、日本有数の神社さ」
統員「武士の信仰が篤いからねぇ。なにせ、軍神中の軍神だ。私たちだって祀ってたよ、八幡さまは」
妹紅「現在でも、かなり大きい境内を誇ってるね。八幡の中心にふさわしい神社だ」
統員「へぇ」
妹紅「今祀られているのは三柱。応神天皇・神宮皇后・比売大神だ。応神天皇・神宮皇后の二人は、三韓征伐で有名な方々だな」
統員「なんだか、そのあたりはややこしそうな話だ」
妹紅「その辺りを知りたい人は、自分で調べてもらえると助かるね。私たちの手にはちょっと余る」
統員「神の話は、なんでもややこしいらしいからね」
妹紅「そう」
統員「で、残りの一柱、比売大神って何?」
妹紅「さあ?」
統員「さあ……?」
妹紅「よくわからないんだよ。一説によれば宗像三神じゃないかともいうし、一説には卑弥呼じゃないかとかもいう」
統員「何それ?」
妹紅「要するに、おそらく昔から祀られている神なのだろうな。よくわからないことは、よくわからないとしか言うしかない」
統員「うむむ」
妹紅「「琳磬の架かりて」で永琳が仕えていた"八幡比売(やわたのひめ)"はこの比売大神のことだそうだぞ」
統員「へー。といっても、私はその永琳という人を知らないから何とも言えないんだけどね」
妹紅「まあ弥十郎は知らなくても無理ないだろうな」
統員「ちょっと会いたい気もするけど」
妹紅「やめとけ、碌なやつじゃないからな」
統員「……ふーん」
妹紅「話を戻そう。この八幡宮、元来はこの宇佐一帯の豪族の祀る山の神であったらしい。その点では、諏訪の神さまとあまり変わらない成り立ちといえる気がする」
統員「もしかしたらその頃は、比売大神だけを祀ってたのかな」
妹紅「そうかもな。少なくとも、「琳磬の架かりて」ではそうなってる」
統員「なるほどね」
妹紅「それが、薩摩・大隅(鹿児島県)にいた隼人をヤマト朝廷が制圧するときに参戦したり、奈良の大仏建立の時に顕現したりしたことで、朝廷にも認められる神になった。おそらく、応神天皇や神宮皇后が祀られるようになったのはこの時なのだろう」
統員「その辺りの時代の話って、ややこしいんだね」
妹紅「ああ。あのころ生きてた私にしても、ややこしくてよくわからん」
統員「……妹紅って一体、何者さ?」
妹紅「秘密だよ。第一、今まで気付かなかったのかい」
統員「ああ」
妹紅「まあ、鈍い弥十郎は置いといて。隼人制圧などにも参加したから、軍神としてあがめられたわけだ」
統員「私も八幡さまのお札は持ったりしてたものね」
妹紅「へー」
統員「戦に行くときは、やっぱり少しでも何かの加護ってほしくなるのさ」
妹紅「なるほどな」
統員「八幡さまといえば、日本随一の神。やっぱり、効き目はあるんじゃないかな」
妹紅「信じる者には与えられる、のさ」
統員「そ」
妹紅「じゃ、その続きで田染荘(たしぶのしょう)の話でもしよう」
統員「田染とは、また懐かしい地名を出すねぇ」
妹紅「そ。田染荘は、国東半島の付け根あたりにある荘園。元々は、宇佐神宮が領主であったところにあたる。今でいうと、豊後高田市田染のあたりだね」
統員「我々の知っているころ、つまり戦国時代の終わりのあたりになると、既に大友氏の支配がだいぶ入っていたけれどね」
妹紅「まあ、荘園の難しい話は置いておこう。これについては、歴史学の方々がいろいろ難しい論考を出しているからねぇ。そちらを参照してもらうことにしよう」
統員「あれれ? ここから泥沼の荘園争奪戦について述べるんじゃないの?」
妹紅「そんなことをしたら、読者がいなくなるでしょうが」
統員「大丈夫だよもともと誰得の話なわけだし、今更読者のための話書いたって仕方ないでしょ」
妹紅「妖怪ペンギンに渡された資料に、そんなややこしい話乗ってないんだよ。差し詰め、そんな話難しくて妖怪ペンギンには荷が重すぎたんだろうな」
統員「やっぱそっか。要するに説明が面倒なわけだ」
妹紅「だろうね。全く、使えないペンギンだよ」
統員「で、それならどうしてこの荘園の話をしているわけ?」
妹紅「それはね、ここが数少ない、古い荘園の風景を残していることで知られているからさ?」
統員「……というと?」
妹紅「この日本の田畑の殆どは、近代になってから農地整理が行われている。そういう中にあって、この田染荘のうち、小崎地区だけはそういう整理が行われず、荘園の景観が残ったんだ」
統員「つまり、私たちが見てたような景観と同じような景観が今でも残ってる、ってことかな?」
妹紅「そのとおり。ここに写真あるからどうぞ」
統員「ふむ、確かに私の知っている光景に近いね」
妹紅「そういうわけで、有名な場所なんだよ」
統員「へぇ。私からしたら、それほど目新しいものではないんだけどね。尤も、確かに田んぼがこう黄色く染まってる様子は、美しいと思うんだけども」
妹紅「そういう古い風景、結構変わっちゃうものさ。だから、弥十郎と同じ風景が眺められるというだけで十分な価値を持つわけ」
統員「ふむ。でも、それだけじゃ紹介した理由にならないよね?」
妹紅「なんでも、「琳磬の架かりて」で永琳が最初に居た村――両子(ふたご)山麓の村ってのは、ここをイメージしているんだってさ」
統員「ああ、確かにここも両子山麓ではあるからねぇ。でも、イメージなの?」
妹紅「正確にどのあたりか、ってのはよくわからないそうだ」
統員「ふーん。ってかさ、思ったんだけど」
妹紅「何?」
統員「その辺りは、永琳とかいう人、読んできて会話した方がよかったんじゃないの?」
妹紅「やだ」
統員「なんで?」
妹紅「あいつの教え子と殺し合う仲だからさ」
統員「それまたなんとも。なのに、そんな説明してるわけ?」
妹紅「そうさ。全く、なんで私が永琳の話をしてやらにゃならんのだ。面倒な」
統員「……」
妹紅「他にも、国東半島には見どころはたくさんある」
統員「ざっと行こうか」
妹紅「ああ。まずは、先ほど出てきた両子山から」
統員「両子山は、国東半島の中心に聳える山さ。国東半島全体が、この山の麓だって言い換えてもそんなに間違いはない」
妹紅「ここもまた、信仰の山として知られているね。今では、両子寺という寺がある」
統員「そうそう。その関係で、勿論両子寺もだけど、他にも国東には寺が多いんだ」
妹紅「それはなぜ?」
統員「信仰の山として知られていたところに、宇佐八幡の影響が入ったからね。宇佐八幡が、たくさんお寺を作ったんだよ」
妹紅「宇佐八幡は神仏習合が強いところだからな。八幡神といいながら神宮寺といった仏の信仰もやってたんだ」
統員「今では違うんだ。仏と神は別ってことかな? それはそれで興味深いな」
妹紅「まあ、その話は置いておこう」
統員「そうだね。この国東半島の寺をすべて合わせて、六郷満山というんだ。密教の道場というところが近いかなぁ」
妹紅「なるほど」
統員「これまた、こういう寺社は俗でも力を握って、我ら大友氏と対立するんだけれど、それは置いといて。この六郷満山と大友氏との間に挟まってたのが、私の実家である吉弘氏なんだ」
妹紅「おお、弥十郎の実家か」
統員「そ。実は私だって、生まれは国東になるんだ。国東にある屋山城ってとこ。麓には長安寺って六郷満山の寺もあったねぇ」
妹紅「結構ややこしいところの生まれなんだな」
統員「まあね。ともあれ、さっき言ってた田染ってのは結構私の生まれた所と近いわけだ。歩いて一刻(2時間)くらいかなぁ」
妹紅「へぇ。そりゃ、親近感もあるわけだ」
統員「といっても、本当に子どもの頃しかいなかったけどね、国東には」
妹紅「そっか」
統員「あと、詳細は省略するけれども、国東には石仏や石塔が多い」
妹紅「日本では珍しい話だな」
統員「そうだね。あんまり石に彫るってことはしないもんね。でも国東では、良い石が出るから結構やるんだ」
妹紅「よく見たんだ」
統員「そうだね。崖に彫ってあるのはかなり多い。これも、いろいろ見てみるといいんじゃないかな」
妹紅「あとは、富貴寺か」
統員「ああ、富貴寺。ここなんて、半刻もあれば行けるよ」
妹紅「そんな近いのか」
統員「だねぇ。あそこにある阿弥陀堂は、かなり古かったよね」
妹紅「古い。平安時代のもので、九州では唯一の平安建築ではないかな」
統員「そんな大切な物だったんだ」
妹紅「そうだよ」
統員「まあとにかく、国東半島ってところはのどかなとこだよ」
妹紅「お前を見ていると、わかるような気がするよ」

四 その他






統員「その他、って何?」
妹紅「これまでのに当てはまらないところさ」
統員「……そんなのあるの?」
妹紅「あるよ。もうちょっと、付き合えな」
統員「まあ、こうやってるんだったら最後までやるけどさ」
妹紅「それじゃ、早速行こうか」
統員「はいはい」
妹紅「というわけで、まずは日向(宮崎県)の耳川合戦について」
統員「……いきなりそれ出すんだ」
妹紅「やはり、九州の戦国を語る上で、耳川合戦はターニングポイントであってポイントオブノーリターンんなわけなんだから、躱すことはできないでしょ」
統員「そうなんだけどね……」
妹紅「少々しんどい話なのは分かってるが、続けるぞ」
統員「了解。ってか、そもそも耳川合戦っていう名前がおかしいよね」
妹紅「確かにおかしい」
統員「この戦いで主戦場になったのは、耳川よりずっと南にある高城川(現在の小丸川)であって、耳川は追撃戦の一舞台でしかない。正しくは、高城川合戦と呼ぶべきなんじゃないかな」
妹紅「確かに、主戦場は今の地名でいうと宮崎県木城町にあたる。耳川とはだいぶ遠い。どうやら、軍記を書いた人が日向(宮崎県)の地理に詳しくなくて、そのせいで誤った呼称が広まったらしい」
統員「……その扱いも、なんかいやだね」
妹紅「弥十郎は、そう思うだろうな」
統員「まあいいや。この戦いは、天正六年(1578年)に、我々大友が日向に攻め込んで、日向を治める島津軍と戦ったわけだ。結果は、壊滅的な敗北で、多くの武将が死ぬ結果に終わった」
妹紅「なんでも、小丸川から耳川までの六里(24㎞)は大友軍の死体で埋まったとか」
統員「そうだね。大友家の家老で参戦した四人のうち、総大将を除く三人が討死。その他も、もう数え切れないくらいの人間が、上から下まで討死した。大友の家臣の中で、親戚が一人も日向で死んでない人は、誰もいないんじゃないかな」
妹紅「黒木攻めの時の人間を見ても、ちょうど働き盛りである三十・四十くらいの人がごっそりといなかったからな」
統員「みんな死んじゃったんだよ、日向で。私の実父である吉弘鎮信も、養父である田北鎮周もここで死んだんだ。他にも、田北村からは大きな大きな犠牲が出た。特に田北の軍勢は先鋒だったからね。帰ってきたのは数えられる人数だったらしい」
妹紅「改めて聞くと、やはり酷い話だな……」
統員「私はよくわからないけど、感覚的には"太平洋戦争の敗戦"という感じだとおもう。まだ敵が攻めてくる可能性がある分だけ、それより悪いけど」
妹紅「よく、その中で生き残れたな」
統員「湖左をはじめとして、私の仲間ができる人間ばっかりだったんだよ。私は、運がよかった」
妹紅「そっか」
統員「平和な時代が羨ましいね。周りの人間が戦に行ったまま誰も帰ってこない、なんて経験、もう二度としたくないよ」
妹紅「……わかるような、わからないような気がする」
妹紅「さあ、締めといこう」
統員「やっと締めか。まさかまた日向の話みたいな、重いのじゃないよね?」
妹紅「やっぱりターニングポイントには違いないが、お前とは関係ないだろう。最後は、沖田畷だ」
統員「沖田畷か。島原だね」
妹紅「そう。今の地名では長崎県島原市。島原の町の郊外にあるな」
統員「雲仙岳と阿蘇山を一望できる、景色のいいところだね。温泉もあるし」
妹紅「そうだな。だが、ここで挙げるのは合戦の話だぞ」
統員「はいはい。天正十二年(1584年)、佐嘉の龍造寺隆信が島原の有馬晴信を攻撃せんと出陣した。兵力は2万とも6万ともいうけど、ともあれ大軍。これに対して有馬は島津に援軍を求めたけれど、島津の援軍は島津家久率いる3000のみ。有馬の手勢合わせて3000」
妹紅「ところがどっこい、という話だな」
統員「だ。島津家久は巧みな戦術で龍造寺軍を翻弄し、ついには龍造寺軍を壊滅させて隆信を討ち取ってしまったわけだ」
妹紅「この時期の島津は、なにか神がかってる印象さえ覚えるな」
統員「全くだよ。少しくらい大友に分けてくれりゃいいのにね。ともあれ、この合戦で龍造寺は一気に衰退して島津に対抗できる勢力は九州から消滅した」
妹紅「間接的な、大友の死亡診断書にもなったわけだ」
統員「そうならないように、我々大友はせめて筑後の制圧をして、豊後の本家と筑前の道雪どのとの間の連絡を密にする必要があったわけ」
妹紅「で、黒木攻めへと至るというわけなのか」
統員「そういうこと。勿論、龍造寺が混乱している間の火事場泥棒、という意味合いもあったんだけどね」
妹紅「逆に言えば、もしこの戦いがなければ当然、黒木攻めもなかったわけだ」
統員「だろうね。だからこそ、この戦いはあらゆる意味で、「黒き海に紅く」という物語の始まりの場所というわけ」
妹紅「衣玖がここから飛び立ったのも、意味があったというわけか」
統員「少なくともあとから考えれば、そういえるだろうね」
妹紅「さて、ガイドはこれくらいかな」
統員「なんだかんだ言って、内輪ネタに終始したような気がするなぁ」
妹紅「元々、そういうものだろこれは。第一人選見りゃ、わかるだろ」
統員「それもそうだね。まあ、誰かしらの役に立てばいいね」
妹紅「半分忘れ掛かってるが、ちょうど九州に新幹線も通ったばかりだ。今、九州に観光に行くのはいい時期だしな」
統員「東九州には通ってないけどね」
妹紅「まあな。時流に乗ってみただけだ」
統員「ところで、一つだけ聞いていい?」
妹紅「なんだ?」
統員「件の妖怪ペンギンは、これ全部回ったことあるの?」
妹紅「ないらしいぞ」
統員「えっ?」
妹紅「実は黒木と田北村、それから田染には行ったことないそうな」
統員「……それって、最重要な場所に行ってないってことじゃないの?」
妹紅「そういうことになるな」
統員「……ダメじゃん」
妹紅「駄目だな」
統員「……まあ、そんなダメペンギンは置いておいて」
妹紅「いよいよ締めか」
統員「だね」
妹紅「一つ、まずここに地図を作っておいたから、参照してくれ」
統員「ここで紹介していないところも、いくつかあるね」
妹紅「だな。簡単な説明もついている」
統員「……ここまでしっかりしてるなら、ガイドいらなかったんじゃないの?」
妹紅「いうなよ」
統員「まあ、私は楽しかったからいいけどね」
妹紅「ならよかった。私も楽しかった」
統員「ここまで読んでくれた人には、本当に感謝感謝だよ」
妹紅「全くだ。こんな内輪ネタについてきて頂いて、本当にありがとう」
統員「それじゃ、また。いつかどこかで」
妹紅「さようなら!」
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